宇都宮市内の病院および老人保健施設で発生した腸管出血性大腸菌O157(以下O157)による集団食中毒事例について、 概要を報告する。
2002(平成14)年8月5日、 「3日夕方から市内病院および隣接した老人保健施設(同一経営者)の入所者等28名が下痢、 粘血便などの症状を呈している」旨、 同老人保健施設から宇都宮市保健所に連絡があった。同日、 原因究明のため、 両調理室の保存食(調理済食品およ原材料:7月27日〜8月2日分)および患者便が搬入され、 当試験所で食中毒を疑い細菌検査を開始した。翌日から、 両施設の調理室等のふきとり検査、 使用水の検査、 患者・調理従業者等の糞便検査を実施した。
保存食(690検体)のO157検査は、 検体をノボビオシン加mEC 培地で42℃、 18〜20時間増菌後、 自動免疫蛍光測定装置(VIDAS)を用いてVIDAS E. coli O157(ECO)で測定した。陽性の検体を、 免疫磁気ビーズ法で集菌後、 O157の確認・同定を行った。その結果、 7月29日、 老人保健施設で昼食に提供された和え物(香味和え:ゆでほうれん草、 蒸しささみ、 ねぎ、 生しょうが、 醤油で和えたもの)からO157:H7(VT1&VT2)が検出された。しかし、 その他の保存食からはO157の検出はできなかった。
糞便検査は、 患者123名のうち47名(検出率38%)からO157が検出された。また、 無症状者(1,398名)は、 患者を除く喫食者753名のうち62名(無症状喫食者;検出率8.2%)、 および患者の接触者645名のうち2名(無症状非喫食者;検出率0.3%)からO157が検出された。分離菌はいずれも、 VT1、 VT2産生株であった。
汚染源の調査として、 保存食の他使用水6検体、 ふきとり72検体(調理室49検体、 施設23検体)、 衛生害虫(ゴキブリ)9検体を実施したが、 O157は検出されなかった。原材料の納入業者6カ所の食品12検体、 使用水3検体、 ふきとり52検体についても検査を実施したが、 同菌は検出されなかった。
また、 患者47名のうち31名のO157株と「香味和え」から検出されたO157株を国立感染症研究所に遺伝子学的解析を依頼し、 パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を行った結果、 ほぼ同じパターンを示した。
両調理室内の温度上昇試験および「香味和え」へのO157添加試験により実験的検証を試みたところ、 事件当日の調理室内温度は30℃以上の高温状態になっていたと考えられた。また、 添加試験では、 25、 30、 35℃と温度が高いほど菌の増加傾向は高く、 30℃・2時間で約10倍に、 4時間では約100倍に増加した。これらの結果から、 調理室内温度が上昇した環境中での食品の取り扱いが菌の増殖を招き、 食中毒発生の要因となったと推定された。
保健所の調査により、 発症者は全員、 病院または老人保健施設の給食を喫食し、 特に、 7月29日の昼食が共通食となっていた。この昼食を喫食した人数は 876名(入院者・入所者等719名、 職員157名)で、 発症者は123名(入院者・入所者等114名、 職員9名;発症率14%)であった。主な症状は、 下痢(50%)、 血便(46%)、 腹痛(29%)、 発熱(17%)、 嘔吐(8%)などであり、 流行曲線は8月2日から増加し、 5日をピークとする山型で、 単一曝露を示していた。また、 疫学調査で統計処理(オッズ比、 χ2検定)を行うと29日の昼食の数値が高く、 29日の昼食が原因食品と推定された。
食品中のO157は保存時に損傷を受けるため、 検出が困難といわれている。今回は、 保健所の疫学調査を考慮し疑いの高い検体を優先的に検査したことが、 保存食からO157を検出できたひとつの要因であると考えている。このことから、 疫学調査と検査の連携が大変重要であると思われた。
この事例においては、 女性7名(58〜98歳)、 男性2名(73、 74歳)の計9名が死亡した。高齢者が多く集まる施設において、 食中毒が発生した場合のリスクの大きさを改めて痛感させられる事例であった。
最後に、 今回の事例への対応について御助言、 御協力いただきました、 栃木県をはじめ、 国立感染症研究所、 その他関係者の方々に御礼申し上げます。
宇都宮市衛生環境試験所 長谷充啓 若林里美 宇賀神貞夫