ウエストナイルウイルス媒介蚊の生態

(Vol.23 p 316-317)

わが国に分布する蚊類のなかで、 ウエストナイルウイルス(WNV)を媒介できることが実験的に確認されている種類は数種類である。したがって、 海外における媒介蚊からのウイルス分離等の調査結果を参考として、 わが国で媒介蚊となる可能性のある種類について、 一般的な生態を解説する。

WNV感染環の特徴:ウガンダのウエストナイル地方では、 WNVは野生の鳥類と鳥吸血性の蚊の間で感染環が成立していると考えられている。しかし、 蚊の吸血源の種類には幅があり、 鳥類とともに哺乳類を吸血源としている蚊もいるため、 米国では鳥のみでなく人や馬などにも感染が拡大し大問題になっている。2001年の米国の調査によってWNVが検出された蚊類は8属約30種類である。しかし、 これらの蚊すべてが人へWNVを媒介しているわけではない。野鳥のみから吸血し主に鳥との感染環を成立させている種類もいれば、 野鳥と人を吸血源として、 野鳥から人へウイルスを橋渡ししている種類もいる。疫学的には、 わが国で日本脳炎が豚をウイルス増幅動物として流行を繰り返し、 その感染環から飛び火的に人への感染が起こっていた状況と似た様相といえる。日本脳炎の場合、 豚の飼育舎を蚊の発生源である水田から遠ざける、 豚にワクチンを接種するなどの対策が可能だが、 WNVの場合、 野鳥が感染源であるため人為的にコントロールするのは難しい。したがって、 何らかの強力な媒介蚊対策が必要となる。

以上のようなWNVの感染環を構成する野鳥と人・馬への感染ルートから推測すると、 わが国で媒介蚊となる可能性のある種類は限られてくる。

イエカ類:アカイエカ(写真1)、 チカイエカ(写真2)、 コガタアカイエカ。

アカイエカとチカイエカは非常に近縁な種で、 米国での主要な媒介蚊の一種であることから考えて、 特に重要であると思われる。アカイエカの発生水域は人家に隣接した汚水溜め、 排水溝、 動物舎の側溝など、 よどんだ水溜りで、 庭先の忘れ去られた水がめなどにも発生することがある。チカイエカはビルの地下水溜まり、 地下鉄の排水溝、 浄化槽などに発生する。吸血習性:夜間吸血性。鳥だけでなく人に対する嗜好性も強い。

コガタアカイエカは水田から発生する代表的な蚊で、 6月〜9月にかけて多くの成虫が発生する。吸血習性:夜間吸血性。人嗜好性は弱いが、 牛や豚など大型動物をよく吸血する。本種が日本脳炎を媒介することを考えると、 現在のわが国でも人から吸血する機会があることは確実で、 したがってWNVの媒介蚊となる可能性はある。

イエカ類の越冬生態:成虫は洞窟、 石垣の石の隙間、 防空壕のような温度変化の少ない暗所に潜んで冬越しをする。なお、 ニューヨーク市では2000年の1〜2月にかけて越冬しているアカイエカからPCR法でWNVを検出している。しかし、 これら越冬蚊のウイルスが翌春からのウエストナイル熱流行にどのように関わったのか明らかになっていない。

(注)沖縄県など南日本ではネッタイイエカに対する注意も必要である。

ヤブカ類:ヒトスジシマカ(写真3)、 ヤマトヤブカ。

これらの種類は1980年以降古タイヤの輸入によって米国に侵入した種類で、 野外で採集されたサンプルからWNVが分離されている。

ヒトスジシマカは人家周辺に発生源を持ち、 山間部を除く東北以南では庭先で執拗に吸血に来る典型的なヤブカである。水がめ、 竹の切り株、 植木鉢の水受け皿、 墓の花立とあかうけ、 古タイヤ、 廃棄された機械類のフレーム、 捨てられたプラスチック容器、 弁当のパッケージなどの人工容器と樹洞のような小さい水域に発生する。吸血習性:夜間にも吸血に来るが多くは昼間吸血性。人嗜好性が強い反面、 状況次第で鳥や犬などの動物からもよく吸血する。場所によっては発生量も多くなるので、 WNVの人への主要な媒介蚊になる可能性がある。

ヤマトヤブカは林の周辺部および林内で吸血にくる蚊で、 墓のあかうけや、 陶器の壺、 古タイヤのような人工容器、 岩の窪みにできた水溜まりや樹洞などに発生する。吸血習性:昼間吸血性。人に対する嗜好性はヒトスジシマカほど強くはなく、 発生量のわりに人に飛来する数は少ない。

ヤブカ類の越冬生態:ヒトスジシマカは人工容器の内壁などに産み付けられた卵の状態で越冬する。緯度によって若干異なるが、 9月ごろに産卵された卵はそのまま孵化せずに冬を越し、 ある程度の寒さを経験してはじめて孵化できる状態になる。ヤマトヤブカは北東日本では卵、 南西日本では幼虫でも越冬する。

(注)関東以北ではヒトスジシマカと近縁のヤマダシマカに対しても注意が必要だろう。生態はヒトスジシマカと似ている。

米国ではこれら以外にもハマダラカ類、 キンイロヌマカ類、 チビカ類などからもWNVが検出されている。しかし、 わが国に生息する種類の場合、 吸血嗜好性や発生水域と蚊の発生量等を考慮すると、 主要媒介蚊となる可能性は低いと思われる。

防除の注意点:現時点では蚊の発生量を抑えるための日常的な防除を心がけるべきである。米国ニューヨークでの調査結果によれば、 感染カラスや感染蚊の数は、 蚊の発生量が多くなる夏場にピークを示している。一年を通じた蚊の防除によって発生量を少なくすることが理想であるが、 主な防除時期は蚊の繁殖期である4〜10月。ビルは暖房によって冬季でもある程度の温度が保証される。そのため、 冬でもアカイエカやチカイエカが発生して吸血に来ることがある。このようなケースであっても、 冬季は発生した蚊が屋外へ出て鳥などの野生動物から吸血する可能性は非常に低い。したがって、 日本においては野鳥などから人への感染は冬季には成り立ちにくく、 成虫対策はほとんど必要ないと思われる。ただし冬季が温暖な沖縄等の南日本地域は、 場合によっては冬季であっても成虫対策が必要となる可能性がある。

国立感染症研究所・昆虫医科学部 津田良夫 小林睦生

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