風疹ウイルス(rubella virus)のゲノムは9,757塩基から成る連続した一本のプラス鎖RNA で、 5'端の約2/3は非構造タンパクをコードし、 残りの約1/3はカプシドタンパクC、 膜タンパクE1およびE2の3種類の構造タンパクをコードする。赤血球凝集能(HA)と膜融合にかかわる部位はE1にあり、 中和にかかわる部位はE1とE2にある。E1、 E2はともに膜表面に存在するが、 抗原性を主に担っているのはE1である。
風疹ウイルスの遺伝子解析は1960年代以降の分離ウイルスについて主にE1遺伝子について行われてきた。風疹ウイルスはRNAウイルスであるにもかかわらず、 年代を経ても遺伝子はあまり大きく変化していない。
1964〜65年沖縄では風疹の大流行が起こり、 多数の先天性風疹症候群(CRS)が発生した。その後1965〜69年にかけて全国的に風疹の大流行が起こった。1971〜74年に乾燥弱毒生風疹ワクチンが研究開発され、 野外接種試験とマーカー試験に合格した5株が製造承認されたが、 そのうちの1株は最近製造中止になった。これらのワクチンは1960年代に分離されたウイルスが親株になっており、 現在まで同じワクチン株が使用されている(表1)。
これらのワクチン株が分離されてから約35年が経過しており、 現在の流行株との抗原性の乖離の可能性が考えられたので、 2001年、 2002年、 2003年の風疹ウイルス株のE1遺伝子(1,443塩基)の全塩基配列を決定して、 推定されるE1ポリペプチド(481アミノ酸)のアミノ酸配列をワクチン株と比較した。また、 これまでに加藤ら1)により報告されている1995年までの日本の風疹ウイルス株のE1ポリペプチドとも比較した。
2001年のウイルス株はCRSの患者材料から、 2002年の株は地域的な風疹流行における患者の咽頭ぬぐい液から、 RK13細胞を用いて分離した。2003年の株は妊娠中に発疹を生じ、 風疹ウイルスIgM抗体価が高かった患者の羊水からRT-PCRにより検出・増幅されたPCR産物から遺伝子配列を決定した。プライマーは、 E2遺伝子の3'端からE1遺伝子の後に続く非コード領域の間を末端部分が重なった4個のフラグメントに分け、 各々1st PCRとnested PCR用のプライマーを設定した(プライマーに関する情報は請求があればお教えします)。分離株には1st PCRを、 羊水検体にはnested PCRを行い、 PCR産物からABIキャピラリーシーケンサーを用いて直接塩基配列を決定した。2002年の分離株は4株すべてが同じ塩基配列をもっていたので、 代表株だけを解析に用いた。
表2にワクチン株と過去の大流行時の代表株および現在の流行株の間の塩基配列およびアミノ酸配列のホモロジーを示した。日本の流行株のE1遺伝子の塩基配列は、 ワクチン株と比較して95.7〜98.0%のホモロジーを示した。2001、 2002、 2003年のウイルス株でもほぼ同様であった。一方、 E1ポリペプチドのアミノ酸配列のホモロジーも日本の流行株との間で98.1〜99.2%と高い数値を示しており、 ワクチン株と現在の流行株の間にはE1ポリペプチドにほとんど変化が見られなかった。
E1タンパク上にはいくつかの抗原エピトープが存在するが、 E1-195-296(102アミノ酸)の間に中和と赤血球凝集抑制(HI)に関する主な抗原領域が含まれていると報告されている2)。このE1-195-296の間のアミノ酸配列については、 1961年に米国で分離されたM33株由来のワクチン株HPV77と比べて、 日本の株は0個〜1個のアミノ酸の変化しかなかった。2002、 2003年の流行株についても、 To-336株および1991〜95年の流行株と同様に、 アミノ酸の変化が全く見られなかった。一方、 ワクチンウイルス松浦株では 219番目のアミノ酸がグリシン(G)からセリン(S)に置換しており、 また、 高橋株と松葉株とではE1の遺伝子配列は同一であり、 いずれも 203番目のアミノ酸がロイシン(L)からメチオニン(M)に置換していた。2001年の分離株は 274番目のアミノ酸がバリン(V)からグルタミン酸(E)に変化していた。これらのアミノ酸の変化は株特異的な変化であり、 それ以降のウイルスには同じ変化は引き継がれていなかった。
以上の結果から、 1960年代の分離ウイルスに由来する4種類の日本のワクチン株と現在日本で流行している風疹ウイルスは、 約35年もの開きがあるにもかかわらず、 中和とHIにかかわる抗原エピトープ部位の遺伝子構造の乖離はほとんどなく、 現行ワクチンが有効であることが推定される。
参考文献
1) S. Katow, et al., JID., 176: 602-616, 1997
2) T. J. Bosma, et al., J. Gen. Virol., 77: 2523-2530, 1996
国立感染症研究所・ウイルス第三部 中島節子 海野幸子 加藤宏幸 田代眞人
宮崎県衛生環境研究所 木添和博
岡山県環境保健センター 濱野雅子
広島大学医学部付属病院周産母子センター 三春範夫