神奈川県の知的障害者施設における赤痢アメーバ対策

(Vol.24 p 83-84)

1986(昭和61)年に、 神奈川県の知的障害者施設において3人の赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )感染症患者が発生した。2人はアメーバ性肝膿瘍を呈し、 1人は粘血便がみられた。いずれの患者の便からもE. histolytica が検出され、 伝染病予防法に基づいて届け出がなされた。これを受けて、 神奈川県では「赤痢アメーバ無症候性病原体保有者実態調査」事業を衛生部保健予防課が立ち上げ、 1987(昭和62)年〜1992(平成4)年まで県内31カ所の施設の入所者などにおけるE. histolytica 保有実態を調査した。事業終了後は福祉部障害福祉課が中心となって、 県内の施設などの担当者、 保健予防課、 衛生研究所などから構成される「赤痢アメーバ対策会議」を毎年開催し、 専門家を招いて助言を受け、 情報交換や対策を検討してきた。さらに、 各施設が保健所および衛生研究所に検査を依頼して、 保有状況と投薬効果の確認の把握に努めている。

E. histolytica の保有調査には、 糞便検査と血清学的検査を用いた。糞便検査は、 操作の簡便性、 迅速性、 微生物学的安全性とともに、 沈渣が保存可能であることや検査キットを使用することもできるという理由から、 集嚢子法としてMGL法(現在ではFEA法)を採用した。沈渣中に嚢子(シスト)を確認した場合はコーン染色変法により永久染色標本を作製し、 シストの核や類染色質体などの内部構造を詳細に観察した。血清学的検査法は、 当時市販されていたIHA法あるいはIFA法と慶應大学医学部熱帯医学・寄生虫学教室から分与いただいたE. histolytica 抗原によるオクタロニー法を用いた。

調査事業を始めるにあたり、 保健所検査課の職員に対してE. histolytica の検出方法および鑑別方法の研修会を衛生研究所において実施した。これにより検査体制が確立され、 糞便検査は保健所検査課で実施し、 シストが検出された場合は衛生研究所にて確定のための鑑別を行った。

1987(昭和62)年〜1992(平成4)年までの調査事業において、 31施設の約2,000人の入所者などを検査し、 8施設の48人からE. histolytica のシストが検出され、 抗体陽性者は100人を超えた。E. histolytica が検出されたのは、 7施設が5%前後であったのに対して1施設が21%と高率であった(表1)。E. histolytica が検出されたのはすべて施設入所者で、 通所者や職員からは検出されなかった。

保有者は男性43人、 女性5人で、 圧倒的に男性が多かった(表2)。年齢別では、 10代〜30代がそれぞれ23〜30%を占め、 40代が15%であり、 50代以上は8%であった。これらから、 活動性と感染が関連していることがうかがわれた。特定の部屋において保有者が多い傾向があり、 同室者間の感染が起きていたことが推測された。保有者に対しては、 施設内において他の入所者と接触しないようにし、 入浴を最後にする、 プールでの遊泳を控えるといったことが行われた。

E. histolytica 保有者に対する駆虫のための薬物療法は、 メトロニダゾールを主体にして行われた。投与後もシストが検出される場合に、 さらにメトロニダゾールの投与を続けるか、 他の薬剤に変更するかは各施設により判断された。

1987年の調査開始から15年余りを経て、 大幅に減少したものの現在でも抗体陽性者が存在し、 保有の有無の判断が困難な者がわずかに残っている。しかし、 有症者は発生していない。

実態調査における問題点として、 薬物療法による効果の判定において、 糞便検査と血清学的検査の結果が必ずしも保有の状態を正確に反映していない点が指摘された。この問題を補うために検査を継続的に行い、 複数回の検査により保有の有無を判断することとした。薬物投与によりシストが検出されなくなり、 短期間のうちに抗体が検出されなくなる例がある一方で、 血清学的検査の結果は常に陽性で、 シストが時折検出される例や、 シストが検出されなくなり、 オクタロニー法は陰転化したがIHA法では5年〜10年という長期間にわたり高い抗体価を示す例などがあった。

知的障害者施設における赤痢アメーバ対策では、 入所者に対する衛生概念の導入が非常に難しい。施設の職員の方々の地道な努力により、 用便の確認、 用便後や食事前の手洗いの励行、 一般的な衛生概念の普及、 施設の消毒などが行われた。それ以外にも、 E. histolytica 保有状況の把握の難しさ、 駆虫のための薬剤の効果の不確実さなどの様々な問題がある。これらに対して標準的な解決方法は存在せず、 それぞれのケースに応じて対処せざるを得ないものと思われ、 長期的な対策が不可欠である。

神奈川県衛生研究所・細菌病理部 黒木俊郎 渡辺祐子 浅井良夫

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