赤痢アメーバ症の現状をより客観的に評価するためには、 分子疫学的な手法は不可欠である。特に、 知的障害者施設における現在の高い赤痢アメーバ症感染率を鑑み、 分子疫学的な手法で感染経路を特定化することは、 施設内での集団感染、 施設間での赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )伝播の動態を理解し、 施設における赤痢アメーバ症を制圧・防御するために重要である。知的障害者に、 非病原性アメーバ(E. dispar )ではなく病原性アメーバ(E. histolytica )が濃厚に感染する状況は欧米の先進国には見られず、 わが国に特徴的な現象である。
これまでの分子生物学的な解析からいくつかの多型性をもつ遺伝子が発見されている。そのうち、 SREHP(セリンリッチE. histolytica タンパク質)、 chitinase、 Locus 1-2、 Locus 5-6の遺伝子座を用いて分離株をタイピングすることが可能となった。図1に国内の分離株を用いたSREHPの遺伝子座の遺伝的多型を示す。SREHP以外の3種の遺伝子座の多型性はSREHPの多型よりは程度が低かった。また、 表1に国内外の分離株を上記4種類の遺伝子座を用いてタイピングしてまとめたものを示した。これらの結果より、 男性同性愛者から得られたすべてのE. histolytica のタイプは独立していることが明らかになった。一方、 知的障害者から得られたE. histolytica の多型性は低く、 同一施設からは単一遺伝子型が分離された。興味深いことに、 2カ所の施設(B、 C)で得られた株のタイプは同一であった。この2カ所の施設は近接した県に存在するが、 E. histolytica の分離は6年離れていた。タイピングの解像度の高さ、 さらに、 男性同性愛者から分離された株の多様性を考慮すると、 2カ所の施設における感染は同一の株によると考えることができる。
多型遺伝子のタイピングに基づいた株のフィンガープリント(指紋)は感染経路の特定化、 さらに個人の感染が再感染によるのか再発によるのかを鑑別するのに非常に有効であると考えられる。
国立感染症研究所・寄生動物部 野崎智義 Ali Haghighi
慶應義塾大学医学部熱帯医学・寄生虫学教室 竹内 勤 小林正規
東京都立清瀬小児病院 増田剛太
東京都立駒込病院・感染症科 今村顕史