赤痢アメーバ症治療の現況

(Vol.24 p 86-87)

アメーバ赤痢で診断・治療の開始が遅れ、 あるいは低栄養、 ステロイド投与、 HIV感染その他の免疫不全状態が関係して腸壊死、 腸出血、 イレウス、 破裂、 腹腔内膿瘍、 腹膜炎などの重篤な合併症を生じた場合には外科的治療が必要になることもある。また、 アメーバ性肝膿瘍で巨大であるか、 あるいは表面に近いなどで破裂が予想される場合、 左葉にある場合(心膜腔に破れる可能性)、 通常の治療に反応しない場合などでドレナージが必要になることもある。最近では超音波ガイド下でドレナージを安全に行えるようになっている。しかし、 赤痢アメーバ症の治療では一般に抗アメーバ薬療法が中心であり、 実際これのみで治療可能な場合も多い。

腸アメーバ症、 アメーバ性肝膿瘍では腸管吸収性で組織浸透性のある薬剤、 すなわちtissue amebicideと呼ばれる薬剤が中心となるが、 それらはメトロニダゾール、 チニダゾール、 オルニダゾールなどのニトロイミダゾール系薬と、 エメチンあるいはデヒドロエメチン、 クロロキンなどである。国内では前2者の経口薬が販売されているが、 ほとんどの場合メトロニダゾールが使われている。ただし、 両薬剤とも赤痢アメーバ症を保険適応としていない。海外では、 半減期がやや長いので短期間の投与が可能なチニダゾールが使われることも多く、 またメトロニダゾールやチニダゾールの日内分割投与でなく、 1日1回投与も行われている。また、 オルニダゾールが安全性で優れているとも言われるが1)、 詳細は明らかでない。

メトロニダゾールは経口投与で95%以上が吸収され、 治癒率も90〜100%と高い。副作用としては消化器症状、 金属味、 蕁麻疹、 カンジダ感染、 暗赤色尿、 白血球減少などの他に、 アルコールを飲用するとジスルフィラム様作用を生じる。このジスルフィラム様作用はチニダゾールでもみられる。メトロニダゾールは細菌や実験動物での変異原性が示されたことから、 妊婦には禁忌となっており、 非妊婦での使用についても懸念されて来た。しかし、 既に40年以上の臨床使用の歴史があり、 通常の場合では癌原性の問題はないと考えられている1)。

病変が進行して内服不能な場合や、 内服可能でも下痢のために吸収低下がある場合には注射薬が必要となり、 以前からデヒドロエメチン筋注が使われてきた。しかしこの薬剤は消化器系や神経筋の副作用、 あるいは心毒性が比較的高度であり、 使用しにくい難点があった。それに代わって使われるようになったのが、 以前から嫌気性菌感染症に用いられてきたメトロニダゾール注射薬である。文献上ではアメーバ赤痢2)よりもアメーバ性肝膿瘍3, 4, 5)でのデータが多く出ており、 デヒドロエメチンと比較して副作用が少なく、 デヒドロエメチンに反応しない例などでも奏功する3)など、 期待が持たれている。国内では販売されていないが、 筆者が関係する「熱帯病に対するオーファンドラッグ開発研究」班(http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan/index.html)では2001年に導入している。その後使用例が蓄積されつつあるが、 HIV 感染に合併し腸壊死、 イレウス、 多臓器不全を示した重症アメーバ赤痢や肝膿瘍などで救命・治癒できた例が集積されつつある6)。副作用としては、 大量投与の場合に心毒性が指摘されてはいるが1)、 実態は明らかでない。

抗マラリア薬として古典的なクロロキンは抗炎症作用と殺赤痢アメーバ作用とを有する。その肝臓組織内濃度は血漿中濃度の数百倍に達することから、 肝膿瘍に対してメトロニダゾールなどとの併用で使用される1)。本薬剤の腸管組織内濃度は十分でなく、 しかもほとんど完全に吸収されてしまうため、 アメーバ赤痢には用いられない。副作用としては消化器症状、 頭痛、 発疹などが報告されているが、 ほとんどの場合一過性で問題とはならない。長期の連用で総塩基量が100gを超える場合の不可逆的な網膜症、 あるいは大量投与の場合の中枢神経症状なども報告されている。

Tissue amebicideに対して、 腸管からの吸収が少なく、 腸管内で高濃度になる薬剤はluminal amebicideと呼ばれているが、 それにはフロ酸ジロキサニド、 パロモマイシン、 ヨードキノールが含まれる。いずれも国内では市販されていない。これらは後述のように無症状嚢子(シスト)キャリアの治療に用いられてきたが、 また、 有症者でtissue amebicideを使用し、 症状が治まって便から赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )が検出されなくなった例でも、 残存する可能性があるE. histolytica シストを殺滅し、 再発を予防するために使用することが勧められている1)。最近では、 luminal amebicideのなかでもフロ酸ジロキサニドが良く用いられているが、 これは上記研究班でも以前から導入済であり、 国内での多くの症例に使われてきている6)。副作用としては鼓腸などの消化器症状、 掻痒、 蕁麻疹などがあるとされるが、 現実に問題となることは稀である。

E. histolytica 無症状シストキャリアに対しては、 将来の発症を防ぐためにluminal amebicideによる治療を行う。この際、 E. histolytica E. dispar の鑑別が重要となるが、 鑑別手段が一般化しているとは言い難い。E. dispar のみであることが確実であれば治療は必要ないが、 施設での流行などでE. histolytica の伝播もありうると考えられる場合などでは、 luminal amebicideによる治療を行うこともある。3種類のluminal amebicideによる治療効果の比較については、 以前の報告ではE. histolytica E. dispar を区別していなかったことから、 そのデータの解釈には注意が必要である。フロ酸ジロキサニドが薦められることが多いが、 効果の面でパロモマイシンの方が優れているとする報告7)もあり、 今後の検討課題である。

文 献
1) Di Perri, G., et al., J. Chemother. 1:113, 1989
2) Chowcat, N.L., et al., Lancet 2(7995):1143, 1976
3) Satpathy, B.K., et al., J. Indian Med. Assoc. 86:38, 1988
4) Calleja Bello, M., et al., Prensa Méd. Mex. 44:112-114, 1979
5) Nair, K.G., et al., Lancet 1(7868): 1238, 1974
6)木村幹男、 他:寄生虫症治療稀用薬の保管体制の進歩 治療学:印刷中,2003
7) Blessmann, J., et al., N. Engl. J. Med. 347: 1384, 2002

国立感染症研究所・感染症情報センター 木村幹男

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