おたふくかぜワクチン後のムンプスウイルス自然感染

(Vol.24 p 105-106)

ムンプス(流行性耳下腺炎、 おたふくかぜ)は伝染力が比較的強い感染症であり、 致死率は高くはないものの、 髄膜炎、 難聴、 睾丸炎、 卵巣炎などの合併症があり、 予防が必要な感染症の一つである。おたふくかぜワクチンは世界各国で開発され、 Jeryl Lynn株が現在最も広く使用されている。Jeryl Lynn株は2種類の弱毒ワクチン株が混合した株であり、 最近この株の優位株が単離され(RIT 4385株)、 ワクチン株として用いられるようになった。この2株以外にも、 Rubini株、 Leningrad3株、 Leningrad-Zagreb株などが各国で用いられている。わが国では5株開発されたが、 現在市販されているのは鳥居株、 星野株、 宮原株の3株である。

Jeryl Lynn株の抗体陽転率は80〜100%である。他の株の抗体陽転率はJeryl Lynn株よりも優れ、 いずれも90〜98%である。流行時のおたふくかぜワクチンの有効率は、 Jeryl Lynn株でよく調べられており75〜95%である。曝露時のRubini株の有効率はJeryl Lynn株よりも劣っている。保育園でムンプスが流行したときの星野株の有効率は90%である。流行の曝露を受けたときの鳥居株や宮原株の有効率についは今後の検討が待たれている。

おたふくかぜワクチンの抗体陽転率は、 麻疹ワクチンや風疹ワクチンの抗体陽転率と比べると低率であったため、 以前はおたふくかぜワクチン後のムンプス罹患例の多くは、 一次性ワクチン不全(primary vaccine failure, PVF)と考えられていた。しかし、 ムンプスIgM抗体の有無やIgG抗体価レベル、 およびIgG抗体の結合力(avidity)検査結果から、 おたふくかぜワクチン後のムンプス罹患例の多くは二次性ワクチン不全(secondary vaccine failure, SVF)であることが示されている。ワクチン歴によるIgG抗体のavidityの違いを表1に示した。

以前はSVFではIgM抗体は検出されないと考えられていた。しかし、 感度の良い方法を用いるとSVFでもIgM抗体は検出されることがあり、 IgM抗体の有無だけでSVFとPVFの鑑別は困難である。一般に初感染の時は、 抗原とのavidityが弱い IgG3に属する抗体がまず出現し、 その後avidityが強いIgG1に属する抗体が出現する。抗体産生の免疫はIgG1を産生するB細胞に記憶される。再感染時には免疫担当B細胞が感染早期から刺激を受け、 IgG1に属する抗体を感染早期から産生するので、 急性期からavidityの強いIgG抗体が高値を示しているのが特徴である。多くのおたふくかぜワクチン後のムンプス罹患例では、 IgM抗体の有無にかかわらずavidityの強いIgG抗体が急性期から検出される。なお、 ムンプスSVF例では43%にIgM抗体が検出される。

麻疹や水痘などの全身性ウイルス感染症では、 ウイルス血症が始まると抗体反応が開始される。まずIgM抗体が産生され遅れてIgG抗体が産生されるので、 麻疹や水痘の急性期ではIgM抗体陽性、 IgG抗体陰性のパターンを呈している。一方、 同じ全身性ウイルス感染症であるムンプスでは、 ウイルス血症により耳下腺などの親和性の高い臓器に運ばれたウイルスが各臓器で増殖してから症状が出現するので、 ムンプスウイルス初感染例の多くは耳下腺腫脹時に既にIgM抗体もIgG抗体も陽性になっている。なお、 このIgG抗体はavidityの弱い抗体である。

また、 急性耳下腺腫脹をきたす疾患としては、 ムンプス以外にも化膿性耳下腺炎、 反復性耳下腺炎などがある。耳下腺の超音波(UCG)検査を行うと、 ムンプスではびまん性耳下腺腫脹所見が、 反復性耳下腺炎では多発性小胞をともなう耳下腺腫脹所見が認められる。地域での流行状況もムンプス診断には有用である。おたふくかぜワクチン後に急性耳下腺腫脹を認めたときのムンプス抗体の特徴と診断を表2に示した。

ワクチン後のムンプス罹患例の唾液からのウイルス分離率は、 0〜2病日ではワクチンを受けていない初感染例の約1/2であり、 分離できる期間も短期間である。この結果から、 ワクチン後にムンプスに罹患した症例では、 唾液腺でのウイルス増殖量が少なく増殖期間も短いので、 周囲への感染リスクは初感染例よりも低いと考えられている。臨床症状を比較すると、 ワクチン後のムンプス罹患例では両側耳下腺が腫脹する頻度が低く、 耳下腺腫脹期間も短く、 無菌性髄膜炎を合併するリスクも約1/10に低下するなど、 ワクチン後のムンプス罹患例は初感染例に比べ軽症化が認められている。この周囲への感染リスクの減少や症状の軽症化は、 ワクチンにより誘導された免疫の効果によるものである。

最後に、 ムンプスウイルスは麻疹ウイルスと同様にパラミクソウイルス科に属するRNAウイルスであり、 抗原性の変異は起こっている。実際、 大きな流行があった年の流行株の主流は以前の流行株のlineageと異なっている。しかし、 接種後年数が経過した例がSVF例の多くを占めること、 中和レベルでは大きな変異は認められていないことなどから、 免疫の減衰がムンプスSVF発症の大きな要因と考えられている。また、 現行のおたふくかぜワクチン株で流行している野生株に対する感染予防は可能と考えられている。

参考文献
1)庵原俊昭、 他:臨床とウイルス 24: 389-393, 1996
2)庵原俊昭:小児科 42: 1144-1149; 2001
3)庵原俊昭:臨床とウイルス 30: 28-32; 2002

国立療養所三重病院・小児科 庵原俊昭

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