ムンプス難聴について

(Vol.24 p 107-107)

ムンプスウイルスは、 「流行性耳下腺炎」、 「おたふくかぜ」の原因ウイルスとして知られているが、 multitropicであるため広く全身の臓器に感染する。中でも、 唾液腺、 膵臓、 睾丸などの腺組織や髄膜、 内耳などの中枢神経系には感染を生じやすい。ここではムンプスウイルスの内耳感染によって生じるムンプス難聴について概説する。

ムンプス難聴は表1に示すとおり、 一側性に、 急性発症を生じ、 聴力損失は重症のことが多く、 改善しにくいなどの特徴がある。発症年齢は15歳以下が多く、 なかでも5〜9歳に多いと報告されているが(1, 2)、 一側性の発症が多いため、 症状を十分に訴えられない幼少児では、 見落とされている可能性もある。確実例は、 ムンプス発症、 すなわち耳下腺または顎下腺の腫脹の4日前より腫脹後18日以内に発症する急性高度難聴とされるが(診断基準は本号6ページ表2参照)、 唾液腺の腫脹なしに難聴が発症することもあり、 ムンプス難聴と診断するにはムンプス特異的IgM抗体価の有意な上昇が必要である。随伴症状として、 耳鳴り、 めまいを伴なうことがあり、 めまい症状は小児では少ないが、 成人では発症しやすい。また、 聴力障害が治癒しにくいのに対して、 めまいの予後は良好で2カ月以内には軽快することが多い。ムンプス罹患時の悪心、 嘔吐は髄膜炎による症状と考えられがちだが、 内耳障害後のめまいによる可能性も考えられる。

一般にムンプス難聴は一側性の発症が多いとされるが、 両側性の発症が極めて稀というわけではなく、 全ムンプス難聴症例の14.5%とする報告例もある(3)。人工内耳は一側性の難聴では適応にならず、 両側性の高度感音性難聴または聾の症例がその適応となるためムンプス難聴例での人工内耳の適応は少ないといえるが、 当科ではムンプス難聴両側聾を1例経験し、 人工内耳挿入術を施行した。

ムンプス難聴の発生頻度は、 Nelson教科書の記載(4)などをもとにムンプス患者1万5千人に1人といわれている。日本においては1年間に100万〜200万人がムンプスに罹患するといわれているので、 計算上は1年間に70〜140人のムンプス難聴が発生していることになる。しかしながら、 最近の報告を参考にすると、 母集団が小さく局所的な調査ではあるが、 200〜 400人のムンプス患者に対して1人の難聴発生が報告されており(5, 6)、 その発生頻度は決して低くないようである。また、 耳鼻咽喉科においては比較的多い疾患である突発性難聴として診断された症例のムンプス特異的IgM抗体価の陽性頻度を検討して、 突発性難聴の約5〜7%はムンプスによる不顕性感染の可能性があることが示唆されている(7)ため、 これらのことを考慮しても、 実際のムンプス難聴の発生頻度は低くないと考えられる。おたふくかぜワクチンによる抗体陽転率は約95%といわれ、 維持率もよいためワクチン接種はムンプス難聴の予防に対しても非常に重要であると考える。

参考文献
1)荻野 敏、 須沢八千代:臨床とウイルス 8:277-281, 1980
2)野村恭也、 他:耳鼻臨床81: 41-47, 1988
3)石澤博子:耳鼻 36: 692-699, 1999
4)Yvonne M.: Nelson's Textbook of Pediatrics, 10th ed.,W.B. Saunders Co., Philadelphia, p.873-875, 1996
5)石丸啓郎、 他:小児科診療 51: 1421-1427, 1988
6)青柳憲幸、 他:小児科 37: 1273-1279, 1996
7)Fukuda S., et al: Auris Nasus Larynx 28 (Suppl): 3-5, 2001

大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学耳鼻咽喉科 田村 学

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