2002年6月26日、 市内N医療機関より腸管出血性大腸菌(EHEC)O157の発生届け(保育園児1名)があった。管轄保健所が直ちに調査を開始したところ、 園児が通園している保育園に多数の下痢等の有症状園児が見受けられ、 集団感染が疑われたことから、 全園児および職員の検便が実施された。その結果、 終息までの間に総数 542名中(のべ1,540名)112名(園児86名、 職員14名、 家族等12名)の菌陽性者をみた。うち1名は初回検便前日より抗菌薬の内服を開始しており、 その後の検便結果でも陰性であったが、 溶血性尿毒症症候群(HUS)、 脳症を発症し、 ペア血清でLPSの上昇を認めた例であった。これら陽性者のうち90名は何らかの症状を認め、 そのうち20名(園児19名、 職員1名)が入院加療を要した。11名(菌陽性者の9.8%、 有症状者の12%)にHUS、 6名(菌陽性者の5.4%、 有症状者の6.7%)に脳症の合併を認め、 脳症合併例は全例HUSをも合併していた。一次感染者(園児86名、 職員14名の計100名)の発症日は6月24日に一峰性のピークを認め、 園児、 職員が短期間に一斉に感染曝露を受けたことが示唆された。
保育園は年齢別に6クラスに分かれており、 クラス別陽性者は0歳児クラス:11名中2名(18%)、 1歳児クラス:17名中9名(53%)、 2歳児クラス:24名中9名(38%)、 3歳児クラス:27名中19名(70%)、 4歳児クラス:34名中20名(59%)、 5歳児クラス:32名中27名(84%)であった。原因を究明するため、 発症前日までの9日間の保存食129検体(調理済み食品59検体、 原材料70検体)、 給食施設ふきとり6検体、 園内の使用水、 砂場の砂、 貸しおむつ、 ペット等の環境調査および検体採取21検体、 給食室残品121検体、 園が購入した食品の製造業者の製造施設のふきとり等142検体、 および製造従業員検便64検体を採取し検査を実施した。その結果、 6月21日の園の給食に出された「キュウリの浅漬け」(保存食)からEHEC O157が分離された。他の食材等からはEHEC O157を分離することはできなかった。
7月初旬、 原因究明と再発防止を目的に、 学識経験者および国立感染症研究所FETPの実地疫学調査専門官を含めた調査委員会が設置された。調査委員会は防疫・臨床・感染経路の3班が組織され、 各班それぞれ活動・検討をすすめた。調査委員会は全体会として3回開催され、 総合的な検討を行った。その結果、 感染源として6月21日に園で提供された給食の関連が最も強いことが示唆された。
検便検査はTSMaC、 CHROMagarでの直接分離培養と並行して、 マイトマイシン(100mg/ml)を添加したCAYE培地で37℃18時間振盪培養後、 ノバパスベロ毒素EIA法(BIORAD)にて、 Vero毒素の測定を行った。また、 菌陽性者の陰性化確認については、 TSBで37℃6時間一次増菌後、 CT-MaCブロスで37℃18時間二次増菌後、 VIDAS I.C. E.coli O157(bioMerieux)にて免疫濃縮法を実施した。一方、 食材等の検査は、 食品からのEHEC O157検出方法に従い実施した。ただし、 保存食等(キュウリの浅漬け含む)の冷凍食品についてはBPWで37℃18時間一次増菌後、 食品からのEHEC O157検出方法に準じて実施した。
分離された菌株はすべてO157:H- VT2産生であった。患者分離株のうち14株と「キュウリの浅漬け」から分離された2株の計16株について、 12薬剤(ABPC、 KM、 GM、 SM、 TC、 CP、 TMP、 CTX、 OFLX、 NFLX、 NA、 FOM)による薬剤感受性試験(KB法)、 生化学的性状、 生物型別(Khakhria、 Beutin)、 RAPD type(図1)、 Plasmid typeおよび制限酵素Xba Iによるパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)(図2)を行った。薬剤感受性試験はすべての菌株で感受性を示し、 他の性状、 型別およびPFGEはすべて同一パターンを示した。また、 これらの菌株のRPLA価は32,000倍と一様に高値を示した。数日間冷蔵保存後、 「キュウリの浅漬け」についてはO157菌数定量(MPN 5本法+Beads集菌およびコロニースウィープ→PCR法の組み合わせ)を実施したが、 検出することはできず、 冷蔵保管中に死滅したものと考えられた。
本事例は感染の広がり方、 発症のパターン、 疫学的調査および食材等の検査結果から、 「キュウリの浅漬け」を原因とするEHEC O157集団感染であると推察された。しかしながら、 「キュウリの浅漬け」が生産、 製造、 流通、 調理のどの段階でどのように汚染されたかは最終的に究明することはできなかった。
福岡市保健環境研究所保健科学部門(微生物)