2003年1月、 石川県内の温泉を利用した循環濾過方式の公衆浴場施設を感染源とするLegionella pneumophila 血清群(SG)3によるレジオネラ症死亡事例が発生したのでその概要を報告する。
患者は60代男性で、 5年前に胆石症の既往があるがその他の基礎疾患は認めていない。1月16日、 Y公衆浴場施設(以下Y施設)で、 入浴中に気を失い浴槽に沈んでいたところを発見され救出されたが、 その後直ちに意識を回復したため医療機関には受診せず帰宅した。翌日(17日)、 38〜39℃の発熱、 咳、 喀痰を認めたが同日は受診せず、 18日午後A医院に受診した。湯の誤嚥による誤嚥性肺炎が濃厚と診断され、 抗菌薬の点滴静注後、 抗菌薬と解熱鎮痛剤を処方され帰宅した。20日午前、 A医院医師が往診し、 病院受診・入院を勧めている途中に鮮血の血痰排出があったため、 B病院へ紹介受診し、 即日入院となった。同日夕方には、 呼吸状態が急速に悪化し、 合成ペニシリンとステロイドが投与され、 人工呼吸器管理となった。22日、 レジオネラ症を疑い喀痰培養等の検査を実施し、 マクロライド系抗菌薬投与を開始したが、 23日午前6時28分、 状態改善せず死亡した。
22日夕、 B病院より石川県南加賀保健所加賀地域センターにレジオネラ症疑いの患者がいる旨の連絡があり、 翌朝当該患者が亡くなったと報告があった。同保健所は、 A医院、 B病院ならびに患者の妻から聞き取り調査を行い、 患者がほぼ毎日のようにY施設を利用していたこと、 16日までは全く体の不調を訴えていなかったこと、 Y施設の浴槽で溺れたことから、 Y施設が原因のレジオネラ症疑いが濃厚として、 Y施設の調査を開始した。また、 Y施設自らも専門家を交えた対策委員会を設置し、 原因究明にあたった。
調査の結果、 Y施設は、 カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉を使用した5種類の浴槽を持ち、 6基の塩素自動注入機付きの循環式砂濾過装置で浴槽水を循環濾過し、 換水は1週間ごとに行っていた。しかし、 (1)残留塩素濃度が適正に保持されていなかったこと、 (2)換水の際に濾過器の消毒を怠っていたこと、 (3)男子浴槽の濾過器の内部点検の際に汚れが確認されていたが、 直ちに洗浄しなかったこと等がわかり、 これらがレジオネラ属菌の増殖を招いたと推測された。
同月27日に患者喀痰の培養検査の結果が判明し、 L. pneumophila SG3がほぼ純培養状に分離された。また、 28日にY施設浴槽水の検査結果が判明し、 レジオネラ属菌数は260CFU/100mLで、 分離された菌の約半数はL. pneumophila SG3であり、 その他はL. pneumophila SG UTであった。石川県保健環境センターにおいて、 患者喀痰より分離されたL. pneumophila SG3(5株)、 Y温泉浴槽水より分離されたL. pneumophila SG3(5株)の計10株についてのパルスフィールド・ゲル電気泳動法による遺伝子解析を行った結果、 喀痰由来の1株を除いて9株のDNA切断パターンが一致し(図)、 本事例の感染源はY施設と断定された。その後、 保健所ではY施設に関する相談窓口を設置するとともに、 施設利用者の健康調査などを実施したが、 他に感染者および患者は確認されなかった。
Y施設は、 浴槽水から菌が分離された28日より自主的に休業し、 対策委員会の提言および保健所の指導により、 (1)浴槽水における残留塩素濃度が確実に基準値内になるよう1時間ごとに残留塩素濃度を測定すること、 (2)毎週1回の換水時に高濃度(10〜50mg/L)の塩素で濾過器を消毒すること、 (3)年2回、 薬品により濾過器等の「ぬめり」を除去すること等の改善をし、 レジオネラ属菌が検出されないことを確認した上で2月28日より営業を再開した。
石川県では、 本事例の後、 県内の温泉施設等の衛生指導をさらに強化するとともに、 レジオネラ症の早期診断のために、 疑わしい患者に対するレジオネラ尿中抗原の検査を保健環境センターにおいて迅速に実施する体制をとり、 その結果早期診断が可能となった例も経験した。レジオネラ症に対する関心は日増しに高まってはいるが、 医療機関において肺炎起因菌として疑い検査されることは一般的と言い難い。また、 感染拡大防止のためには感染源や感染経路の特定は必須であり、 菌の分離は大変重要である。4月1日より尿中抗原検査が診療報酬点数表に追加されたが、 今後、 医療機関においてレジオネラ属菌検査がさらに普及されることが望まれる。
石川県保健環境センター 倉本早苗 芹川俊彦 見谷 亨
石川県南加賀保健所
金戸惠子 寺西久子 里見良二 能登隆元 伊川あけみ