当所では埼玉県内におけるサルモネラの侵淫状況を把握するために、県内で分離された散発下痢症患者および健康診断等で健康者から分離されたサルモネラについて、主としてその血清型と薬剤耐性の面から検討している。近年、サルモネラでは、その薬剤耐性の進行が問題となっており、多剤耐性を獲得したSalmonnella Typhimuriumファージ型DT104 のように臨床上深刻な問題を引き起こす例も出てきている。今回散発下痢症2事例からフルオロキノロン(いわゆるニューキノロン)に耐性を示すS . Typhimuriumが県内で初めて分離されたので、その概要について報告する。
事例1:患者(女:17歳)は、2002年11月27日下痢および39℃の発熱を呈し、11月28日近医を受診した。受診時にフルオロキノロン剤を処方され服用するが、腹痛が続くため11月29日に再度受診し検便を受ける。12月2日の受診時には解熱し、下痢症状も消失していたが、検便の結果サルモネラO4(+++)という結果であったため、フルオロキノロンを処方され服用した。その後、検便を実施し再びサルモネラO4(+++)という結果であったが、症状が消失していたため経過観察することとなった。2003年2月10日に再び腹痛、下痢症状を呈し、検便の結果、フルオロキノロン耐性S . Typhimuriumであることが判明したため、ホスホマイシンによる治療に切り替え、3月3日検便を実施したところ除菌が確認された。しかし5月初旬に下痢腹痛症状を呈し、再度フルオロキノロン耐性S . Typhimuriumが分離された。治療の結果、症状は消失し、菌も検出されなくなったため、現在経過観察中である。
事例2:患者(女:3歳)は、2003年5月14日に水様性下痢、発熱症状等の風邪様症状を呈していたため、セフェム系薬剤とジョサマイシンが処方された。処方された薬を3日間服薬し、その後現在に至るまで症状を訴えることもなく、経過は良好である。
両事例とも、患者以外の家族内発症者はいなかった。また2人とも同じ市内に在住しているが、生活圏としてはかなり離れていた。
事例1で分離された4株および事例2で分離された1株について、薬剤感受性、ファージ型、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法による解析およびキノロン耐性決定領域の変異を調べた。KB法による感受性試験では、供試した12薬剤(CP、SM、TC、KM、ABPC、NA、CTX、CPFX、NFLX、GM、FOM、SXT)中KM、CTX、FOMを除く9薬剤に耐性を示した。ファージ型はいずれもDT193で、制限酵素Bln IとXba IによるPFGE法でも同一のパターンを示した(図)。キノロン耐性決定領域では、gyrA で2カ所(Ser-83のコドンC→T、Asp-87のコドンG→A)、parC で1カ所(Ser-80のコドンA→C)の変異がみられた。このように細菌学的には、両事例が同一クローンによる下痢症であることを示唆しているが、今回は残念ながら疫学的に接点を見出すことはできなかった。
フルオロキノロンは細菌性下痢症の治療に使用されることが多く、耐性菌の出現はその治療に大きな影響を及ぼす。今回の事例1でも当初処方したフルオロキノロンでは症状があまり改善せず、ホスホマイシンの投与でいったん除菌が確認されたものの、5月に再排菌がみられ治療に苦慮している。フルオロキノロン耐性サルモネラの報告は国内ではまだ数例しか確認されておらず、その動向については不明な点がまだ多く、今後も注意深く監視する必要があると考えられた。
最後に、ファージ型別を実施いただいた国立感染症研究所・細菌第一部の泉谷秀昌先生およびキノロン耐性決定領域の解析を行っていただいた杏林大学保健学部の森田耕司先生に深謝いたします。
埼玉県衛生研究所・臨床微生物担当
倉園貴至 藤原由紀子 奥野純子 近 真理奈 大島まり子 山口正則