飼育牛が感染源と考えられた志賀毒素産生性大腸菌(STEC)O26散発感染事例の概要を報告する。
本荘保健所管内に在住する60代の女性が2003(平成15)年5月29日に下痢と食欲不振を呈して医療機関を受診した。6月2日に民間検査機関において患者の便からSTEC O26:H11 stx 1+が分離同定され、本荘保健所に当該医療機関から3類感染症発生届けが送付された。届け出を受けて、本荘保健所は患者の家庭の調査を実施した。
その結果、患者家庭では牛を飼育していること、飲料水として上水道と井戸水を利用していること、患者以外の家族に有症者はないことなどが判明した。そして、患者の家族3名の便の他、感染源調査として牛糞、飲料水が採取された。患者家族3名はすべてSTEC陰性であった。感染源調査のための検体からは以下の方法に従いSTEC O26の分離を試みた。飲料水3リットルを濾過したメンブレンフィルター、または牛糞を緩衝リン酸ペプトン水に接種して35℃で1夜前培養した後、培養液をセフィキシム・テルライト(CT)加mEC培地に接種し、37℃1夜培養した。培養液について、PCRによるstx の検出と免疫磁気ビーズ・CT加ラムノースマッコンキー平板の組み合わせによる分離培養を併用してSTEC O26の分離を試みた。
感染源調査結果を表に示す。飲料水のうち、上水道水は遊離残留塩素濃度が0.1ppm未満であり、細菌汚染を受け得る状況であったが、井戸水とともにSTEC陰性であった。一方、7頭の飼育牛の牛糞のうち、下痢をしていた子牛1頭の牛糞からSTEC O26:H11 stx 1+が分離された。牛由来株と患者由来株のXba Iパルスフィールド・ゲル電気泳動パターンを比較したところ、両者は同一であることが明らかとなり、本事例は飼育牛を感染源とするSTEC O26:H11 stx 1+散発感染事例と考えられた。
STEC散発感染事例において感染源が判明することはまれである。しかし、今回の事例のように牛が感染源とされたSTEC感染事例としては富山県で発生した牧場牛舎におけるSTEC感染事例(IASR Vol.19, No.1, 9-10参照)、宮城県で発生した飼育牛からの感染が疑われたSTEC O26散発感染事例(IASR Vol.21, No.2, 35-36参照)、秋田県で発生した子牛が感染源と考えられたSTEC O103:H2家族内感染事例(IASR Vol.18, No.6, 132-133参照)、および牛が感染源と考えられたSTEC O121による溶血性尿毒症症候群(HUS)発症事例(IASR Vol.22, No.6 141-142参照)が本誌に報告されている。今回の事例を含めて、これらの事例は、牛そのものにSTECの感染源としての意義が存在することを示すと考えられる。なお、秋田県でこれまで発生した事例においては、事後の行政対応として保健所により家族に対して手洗い励行や牛糞の衛生的な取り扱いに関する衛生指導が実施されたが、感染源と考えられた牛の除菌などの対策は実施されなかった。このことは、畜産行政と感染症対策行政の立場の違いを象徴しているものと思われた。
STEC散発感染事例の予防は一般的に困難であると考えられるが、牛との濃密な接触が日常的である畜産農家などに対して適切な衛生指導を実施することは、今回の事例のようなSTEC感染の発生予防に有効であると考えられると同時に、畜産農家における飼育牛のSTEC保菌実態の把握も衛生指導を実施する上で有用と考えられる。
秋田県衛生科学研究所
八柳 潤 齊藤志保子 佐藤晴美 原田誠三郎 鈴木紀行