焼肉店が原因施設とされ、 複数の保健所管内で患者発生がみられた志賀毒素産生性大腸菌(STEC)O157食中毒事例の概要を報告する。
20代女性の患者Aが2003(平成15)年6月17日から腹痛、 下痢、 血便を呈し、 大館保健所管内の総合病院を受診した。6月24日にAがSTEC O157:H7 stx 1&2+に感染していることが判明し、 Aは当該病院に入院した。担当保健所による聞き取り調査の結果から、 Aは6月14日に秋田市内の焼肉店Xで友人と食事をしていたことが判明した。
その後、 焼肉店Xで食事をしたBとC(いずれも20代女性)が血便、 下痢を発症し、 近隣の医院を受診した後、 秋田中央保健所管内の総合病院に入院した。Bは医院を受診した際の検便から民間の検査機関において、 Cは当該病院に入院した際に実施した検便から県の外郭団体である臨床検査センターにおいてSTEC O157:H7 stx 1&2+が分離された。BとCの家族はSTEC陰性であった。さらに、 6月14日に焼肉店Xで食事をした20代の女性Dが6月16日に腹痛、 下痢、 発熱を発症して秋田市保健所管内の医院を受診した後、 総合病院に入院した。医院を受診した際の検便から民間検査機関においてSTEC O157:H7 stx 1&2+が分離され、 焼肉店Xを利用後にSTEC O157:H7 stx 1&2+感染が判明した患者は計4名となった。
3類感染症発生届け出票に記載された4名の患者の発病日、 診断日、 症状および担当保健所を表に示す。秋田市保健所が焼肉店Xの従業員について検便を実施したところ、 1名からSTEC O157:H7 stx 1&2+が分離された。また、 Bとともに食事をした無症状の20代男性からもSTEC O157:H7 stx 1&2+が分離され、 本事例における菌分離陽性者は有症者4名、 無症状者2名、 計6名となった。
秋田市保健所は焼肉店Xの調査を実施したがSTEC O157は検出されなかった。しかしながら、 患者が全員焼肉店Xを利用していたこと、 および患者の共通食品は6月14日夜の同店での提供料理のみであるという事実に基づき、 秋田市保健所は本事例が焼肉店Xを原因施設とする食中毒事例と断定し、 6月27日から4日間の営業停止処分とした。
なお、 その後、 患者Dを除く5名から分離されたSTEC O157:H7 stx 1&2+のXba Iパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンがすべて同一であることが判明し、 5名が共通感染源からの曝露を受けていたことが示された。
秋田県では1999(平成11)年に焼肉店Yを原因施設とする大規模なSTEC O157食中毒事例が発生した。この事例においては、 患者がすべて焼肉店Yを利用していたことに加えて、 同店のふきとりから患者由来株と同一PFGEパターンを示すSTEC O157が分離されたことを根拠として営業禁止の行政処分がなされた。
一方、 2002(平成13)年には焼肉店Zを利用した複数の家族がSTEC O157に感染し、 2名が溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症して入院するという事例が発生した。この事例においては焼肉店ZからSTEC O157が検出されなかったことなどから、 同店に対する行政対応は衛生指導となった。
これに対して、 今回の事例では6月25日に患者の発生が探知され、 その2日後に原因施設を断定し、 営業停止処分としたことにより、 さらなる健康被害の発生が未然に防止されたことが注目される。焼肉店を原因とするSTEC感染事例は今後も発生すると考えられる。その際、 当該店が原因施設であることを証明する細菌学的証拠は必ずしも得られるとは限らない。秋田市保健所の今回の対応は、 健康被害の発生を未然に防止するための行政対応のありかたを示唆する貴重な一例と考えられた。
秋田県衛生科学研究所
八柳 潤 齊藤志保子 佐藤晴美 原田誠三郎 鈴木紀行
秋田市保健所健康管理課・衛生検査課
腸管出血性大腸菌の表記に関するIASR編集委員会註:1996年に国際的な専門家による委員会の意見として、志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin-producing E. coli , STEC)の名称を推奨するとされたが、その発見および研究の経緯からVero毒素産生性大腸菌(Verocytotoxin-producing E. coli , VTEC)、あるいは腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic E. coli , EHEC)の名称が現在でも使用されている。IASRでは正式な統一名称が決定するまで、署名原稿においては著者の記載を尊重し、そのまま掲載している。