赤痢菌同定検査の問題点と現場からの提案

(Vol.24 p 213-214)

細菌性赤痢は赤痢菌属によって起因する感染症であり、 感染症法では2類感染症に指定されている。二次感染を起こしやすく、 ときに集団感染や水系感染を起こすことから、 その検査には迅速性と正確性が要求され、 その診断には糞便中からの病原体診断(赤痢菌の培養同定)が必須である。神奈川県では、 県衛生部の委託を受けて県臨床衛生検査技師会が毎年検査技師を対象に2、 3類感染症について菌検索技術講習会を実施している。

しかし最近、 医療機関から「赤痢菌」として届け出される一部の株がEscherichia coli であるという指摘を受けたため、 その原因について考察を行い、 問題点解決の対策と提案を述べてみたい。

1.検査方法の問題点(培地、 検査試薬など)

1)過信される同定キットの機能:現在の医療機関での検査方法の主流は、 簡易同定キットや自動化機器によるものが大部分を占めている。これらの手法は「数値同定原理」に基づく「確率法」であるため、 生物化学的性状が近似している菌種間では、 しばしば誤同定されることが指摘されている。特に陰性反応が多いShigella 属の菌では、 発育性の悪い菌が誤同定される確率が他の菌種に比べて高い。もちろん、 同定キットにも近似する菌種が同一コードに判定された場合、 追加試験を行う旨の指示があるが、 追加試験の実施よりも相対確率を重視してしまうことが少なくない。

2)血清型別の注意点:周知の通り、 赤痢菌と大腸菌では一部の抗原構造が共通しているため、 誤同定された菌株でも凝集反応を起こすケースも少なくない。特にShigella dysenteriae S. boydii は組織侵入性大腸菌(EIEC)と交叉するため注意が必要である(表1)。しかし、 表1のように追加試験を実施することによって両者の鑑別は容易となる。

2.検査担当者の問題点(基礎知識、 学術的考証など)

1)基本操作、 基礎知識の不足:菌種同定の第一歩は分離培地でのコロニー選別から始まるが、 慎重に観察することなく、 また、 グラム染色・オキシダーゼテスト・ブドウ糖発酵試験などの未実施や、 選択培地から直接同定キットへの接種など、 基本操作が欠落しているケースが少なくない。

2)検査体制の現状(同定キット普及要因):人員削減や検査外注対策として、 いわゆるローテーション(担当交替)が日常化している現状では、 スムーズな検査業務遂行のため、 基本的な知識・操作よりも、 特別な技術がなくとも菌種同定が可能な同定キット・自動化機器に頼らざるを得ない現実がある。また、 こうした現状が繰り返されることによって指導者の資質や認識不足という事態も憂慮しなければならない。

3.問題点解決の対策と提案

1)現場での対策:以上のような現状を踏まえ、 赤痢菌の誤同定(大腸菌の誤同定)を解決するための対策として、 同定キットでS. dysenteriae S. boydii と同定された場合、 以下のような項目のチェックを提案する。

(1)コロニー観察:選択培地上でのコロニー観察を慎重に行う。コントロール菌株があれば比較する。

(2)基本試験の実施(同定キット接種前実施が望ましい):グラム染色、 オキシダーゼテストなど。

(3)追加試験の実施:EIECとの鑑別は表1表2に示す通りであるが、 このうちTSI培地でのガス産生、 SIM培地での運動性の観察は、 他のE. coli との鑑別に際しても重要となる。

(4)血清型別試験の判定:共通抗原を有する血清型の場合は、 生化学的性状を優先(追加試験)する。

(5)臨床との連携:患者情報を得るだけでなく、 臨床医との連携を図り、 「疑わしきはクロ」よりも、 患者の不利益の回避を優先する意識を持つことが重要である。

2)病原体サーベイランスの提案:現在、 2類感染症原因菌であるチフス菌、 パラチフスA菌については、 国立感染症研究所において病原体サーベイランスが実施されている。2類感染症として正確な情報を得るためには、 赤痢菌の正しい同定が基本となる。赤痢菌についてもレファレンス・センターを定めて病原体サーベイランスを実施するよう、 制度の見直しを提案したい。

参考資料:「平成15年度菌検索技術講習会テキスト」神奈川県臨床衛生検査技師会
現状調査は同講習会参加者に対する簡易アンケートによる

聖マリアンナ医科大学病院臨床検査部 宮本豊一
([社]神奈川県臨床衛生検査技師会・微生物検査研究班班長)
横浜市立市民病院感染症部 相楽裕子(感染性腸炎研究会会長)

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