第5回国際インフルエンザ制圧会議(InternationalConference:Options for the Control of Influenza V)

(Vol.24 p 293-294)

専門家たちが数年おきに集う“Options for the Control of Influenza”は、 1985年に 100人ほどの小さな集会がKeystone(米国)で開かれたのに始まる。その後3〜4年ごとに各国のシーズンオフのリゾートに集まり、 人的ネットワークを形成し、 インフルエンザの最新の知見を交換し、 インフルエンザの感染制御対策について夕方遅くまで議論してきた。回を重ねるたびに参加者が増え、 臨床家、 基礎医学や製薬開発の研究者、 獣医学者、 公衆衛生関係者と、 テーマの広い国際会議へと育っていった。第5回国際会議はアジアで初めての開催となり、 重症急性呼吸器症候群(SARS)や新型インフルエンザ(A/H5N1、 A/H7N7、 A/H9N2など)の集団発生によってあらためて“インフルエンザのコントロール”に高い注目が集まる中で、 沖縄県名護市の万国津梁館において世界各国から約 700人が参加して2003(平成15)年10月7日〜11日の5日間にわたり開催された。

オーストラリアのDohertyによる細胞性免疫、 CD8 T細胞のレスポンスメカニズムに注目した基調講演に始まり、 NS1蛋白の型別の働きの違いと病原性の検討(Krug)、 動物実験段階にある新たなneuraminidase inhibitorのprodrugの有効性(Yamashita)、 新たな抗ウイルス剤の候補としての合成糖(Suzuki)やshort interfering RNA(Chen)、 また、 reverse geneticsや培養細胞を用いた“卵”に依存しないワクチンの開発(Giudice、 Nicolson、 Jin)、 世界的な大流行(pandemic)発生時におけるワクチン対策の新型インフルエンザの経験を基にした検討(Wood)など、 新しい予防・治療法の開発へ繋がる発表が多数報告された。また、 Morishimaらによるインフルエンザ脳症のfollow-up研究、 マウスモデルを用いた病態の検討(Kido)や、 抗ウイルス剤治療の家族内感染やウイルス排泄期間における影響(Hirotsu)は、 オランダにおけるA/H7N7やチリのA/H7N3の集団発生(Meijer、 Suarez)とともに注目を集めた。

最大の関心事は“Pandemic Plan(世界的大流行時における対策)”とSARS、 そして動物インフルエンザの動向と、 ヒトに感染性のある新型インフルエンザ出現の可能性であった。WHOのStohrが前回のSARS集団発生と国際的対策に関して、 ErasmusのOsterhausがウイルス学的発見の経過を、 NIHからSubbaraoがサルとマウスモデルからSARSの病理を報告すると、 矢継ぎ早に今冬の対策、 疾病メカニズム、 ワクチンのターゲットなどに関する質問があった。欧米50カ国のPandemic Planの比較検討(van Essen)や、 複数の国の対策計画と仮説モデルが発表されたが、 SARSへの実際の応用(Tam)や国単位の演習による検討(Jennings)など、 机上のモデルより実際に利用しての問題提起に活発な議論がみられた。トリインフルエンザA/H5N1が野生のマガモから家畜へと入ってきたことが遺伝子学的に明らかにされ、 また家畜ブタには、 これ以外にもトリ型A/H6N4など、 従来存在しなかった型の感染が広がっており、ヒト社会にとっても脅威と成り得ることも報告された。

一方、 数多くのインフルエンザの統計モデルや数理モデル、 あるいは予防接種に関する費用対効果分析も報告された。統計モデルにおけるキーワードは“excess mortality”であった。これは日本語では「超過死亡」と呼ばれており、 「インフルエンザに関連した死亡で、 もしインフルエンザが流行しなければ生じなかったであろう死亡」のことであるが、 まだ一般的にはあまり広く知られた概念とは言えないかも知れない。超過死亡では、 直接死因あるいは実際の感染の確認の有無とは関係なく、 冬季の(非流行年と比べての)異常な死亡の増加をインフルエンザと関連していると考えている。年齢階層(Thompson)あるいは気候条件(Flahault)といった観点から超過死亡を分析した研究も報告され、 他方では批判的な立場からの報告も行われている(Simonsen)。

数理モデルを基礎とする費用対効果分析は、 予防接種をはじめとするインフルエンザ対策が、 それにかかった費用以上に効果(主に死亡の回避)を上げているかどうかを吟味している。今回、 65歳以上の高齢者にはもちろんこと、 50歳以上においても費用に見合った効果を上げているという報告がなされた(Hak)。またワクチン接種により、 接種者本人以外にも感染機会の減少によるインフルエンザ罹患のリスクの減少が見込めることも考慮して、 本邦で行われていた学童集団接種のように、 集団接種を行うことが費用対効果的にも望ましくなる場合もあるとの報告もあった(Nichol)。

また、 このような数理モデルを利用したPandemic Planも報告された。自然条件、 感染症対策、 ウイルス変異や拡散状況などによる影響を敏感に反映できる動学モデル(dynamic model)を作成し、 入院や死亡を減少するための予防接種や抗ウイルス剤の様々な利用パターンを想定したシュミレーション分析を行ったもの(Hangenaars)や、 地理的・空間的なインフルエンザの拡散過程の動学モデル(Griffin)が報告された。また、 費用対効果分析の視点を導入した議論(Eynard)も見られたほか、 Natureに発表されたウイルスの変異に関する数理モデルがFergusonにより発表されたのが注目された。残念ながら今回は、 この分野には日本からの報告はなかった。日本におけるこの分野の研究は始まったばかりであり、 今後は幅広い研究と多くの分野との連携による応用が望まれる。

これ以外にも、 各スポンサー主催でPandemic Plan、 迅速診断法、 ワクチンに関する“pre-conference meeting”が行われ、 300に及ぶポスターが展示された。第4回会議から引き続き、 製薬会社からも多くの参加があり、 ウイルスとその病原性に関する基礎的研究と治療薬やワクチン開発へ重点を置く会議であった。感染制御を考えていく上で、 この分野の発展は必要不可欠のものではあるが、 設立当初のように、 多くの疫学的情報や集団発生における経験に基づき、 超過死亡や世界的な流行を想定した種々のモデルの知見も加え、 “新たな知見”をどのように感染制御対策に反映するかについて、 膝を突き合わせた討議を続けていける国際会議であり続けることを望みたい。

国立感染症研究所・感染症情報センター 重松美加 大日康史 岡部信彦

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