胃腸炎関連カリシウイルス(ノロウイルス、サポウイルス)総論

(Vol.24 p 312-314)

はじめに:毎年、秋の味覚であるカキのシーズンの到来とともに新聞紙上を賑わす食中毒がある。これらは主にカリシウイルス科に属するノロウイルス(Norovirus )に起因する非細菌性食中毒である。また、最近の疫学調査から冬季に発生する"吐くカゼ"にもノロウイルスが関与していることが分かってきた。ノロウイルスは世界中に広く分布し、現在も先進諸国から発展途上国まで万人に平等に感染し、年間数十万人〜数百万人に及ぶ患者を発生させ続けている。

ノロウイルスの属するカリシウイルス属には、サポウイルス(Sapovirus )と呼ばれる人に感染するもう一つの下痢症ウイルスが存在する。このウイルスはノロウイルスと異なり小児の急性嘔吐下痢症患者より見つかり、集団食中毒や成人から分離されることはまれだと報告されている。しかし、サポウイルスは、ノロウイルスに比べ研究が大幅に遅れており、感染経路、病原性、疫学的側面など明らかにされていない部分が多い。本稿では、これらノロウイルス、サポウイルスについて概説する。

ノロウイルス:直径約38nmの球形ウイルスである。電子顕微鏡では表面構造が不明瞭な球形ウイルス集団として観察されることが多い。ゲノムは全長7.5〜 7.7kbの一本鎖(+)RNAであり、このゲノム上に非構造蛋白質をコードするORF1、構造蛋白質VP1をコードするORF2、構造蛋白質VP2 をコードするORF3が存在する。ゲノム塩基配列の相同性からgenogroup I (GI), genogroup II (GII)の2つのグループの存在が明らかにされている。遺伝子配列は多様性に富んでおり、それぞれのgenogroup に14〜17のgenotypeが存在し、これらが互いに異なる抗原性を示すことが明らかにされている()。ノロウイルスは、形態的特徴やゲノムの構造から、ネコカリシウイルス(FCV)に代表されるベジウイルス(Vesivirus )に近縁なウイルスであることが明らかにされている。ノロウイルスはヒト以外にウイルスの増殖が確認された動物はいない。また、培養細胞を用いても増殖させることができない。現在、全塩基配列を含むcDNAクローンを用いて精力的に研究が推進されている。

サポウイルス:直径約38nmの球形ウイルスである。電子顕微鏡像では、ノロウイルスと異なり、カリシウイルスの名前の由来となっている"ダビデの星"と称される明瞭な表面構造が確認できる。ゲノムはノロウイルスよりも若干短く7.5〜 7.6kbの一本鎖(+)RNAである。ゲノム上には非構造蛋白質と構造蛋白質VP1をコードするORF1と、構造蛋白質VP2をコードするORF2がある。サポウイルスは、粒子の形態的特徴やゲノムの構造からウサギ出血熱ウイルス(RHDV)に代表され、いわゆる古典的なカリシウイルスとして知られるラゴウイルス(Lagovirus )に似ている。サポウイルスもノロウイルスと同様ヒト以外の動物に感染せず、培養細胞でも増やすことができない。サポウイルスは全塩基配列が明らかにされた2株しかなく、疫学調査、基礎的研究ともにノロウイルスに比べ大幅に遅れている。

臨床症状:ノロウイルスのボランティアへの投与試験の結果から、潜伏期は1〜2日であると考えられている。乳児から成人まで幅広く感染するが、一般に症状は軽症であり治療を必要とせずに軽快する。まれに重症化する例もあり、老人や免疫力の低下した乳児では死亡例も報告されている。吐気、嘔吐、下痢が主症状であるが、腹痛、頭痛、発熱、悪寒、筋痛、咽頭痛などを伴うこともある。ウイルスは症状が消失した後も3〜7日間ほど患者の便中に排出されるため、二次感染に注意が必要である。サポウイルスの場合、症状はほぼノロウイルスと同じであるが、流行は乳幼児に多く認められる。

病原診断:ノロウイルスは、培養細胞で再現性良く培養することができない。そのため、基礎的な研究が遅れ、最近まで診断は電子顕微鏡観察に頼ってきた。ここ数年で20株を超えるノロウイルスのゲノム全塩基配列が決定され、ウイルスゲノムが詳細に解析されたことにより、新たな診断法が開発された。一つは、ゲノムの中で最も高度に保存された領域を標的としたリアルタイムRT-PCRシステムの構築である。この方法の登場により、ノロウイルスゲノムを超高感度に定量測定することが可能となった。もう一つは、ウイルス様粒子(VLPs)を用いた抗原検出システムの構築である。ノロウイルスゲノムの構造蛋白質領域をバキュロウイルスに組込み、昆虫細胞で発現させるとウイルス粒子と酷似したVLPsを作出できることが明らかにされた。VLPsは構造がノロウイルスそのものであり、ウイルス粒子と同等の抗原性を有するが、内部にゲノムRNAを持たず中空で感染性はない。現在、互いに抗原性が異なると予想されるノロウイルスは30種類以上になろうとしているが、その約80%をカバーするVLPsの作出に成功している。これらのVLPsをウサギに免疫して得たポリクローナル抗体を用いて構築したEIA キットが前述の抗原検出システムである。このキットにより特殊な機器を必要としない迅速かつ簡便な抗原検出が可能となった。しかし、ノロウイルスの新しいgenotypeが現在もなお発見され続けており、これらに対応するため新たなVLPsの作出と、抗体の作製を継続しなければならない。

サポウイルスは、もっぱら電子顕微鏡観察による診断が行われている。「ウイルス性下痢症検査マニュアル(第3版)」に掲載されたプライマーセットを用いたRT-PCRなど、幾つかのサポウイルスゲノムの検出系が開発されているが、ゲノム全長のデータが不足しており決定打が得られていないのが現状である。今後、全塩基配列の解析が進めばリアルタイムRT-PCR等、ノロウイルスと同等に検出できるようになると思われる。また、サポウイルスはVLPsの作出にも難航しており、ノロウイルスのEIAのように簡便な検出系を構築するには、まだまだ時間がかかりそうである。

疫学、予防:ノロウイルス、サポウイルスともに、主に糞口感染の経路をとると考えられている。しかし、サポウイルスに関しては詳しい調査が行われていないので、以下ノロウイルスを例にとり概説する。ノロウイルスの感染者から排泄された糞便もしくは吐物は下水より汚水処理場に至る。しかし、ウイルスの一部は浄化処理をかいくぐり、河川に排出され、海でカキなどの貝類に濃縮される。汚染した貝類を生のまま食すると当然、再びウイルスは人体に戻り、感染を繰り返す。しかし、一般に十分加熱した食品であればウイルスは完全に失活するので問題はないが、サラダなど加熱調理しないで食する食材が感染源となる。例えば、汚染された貝類を調理した手や、包丁まな板などから生食用の食材に汚染が広がると考えられている。また、最近の報告では、患者の吐物、便などから直接感染する人→人の感染が存在することも明らかにされている。粒子は胃液酸度(pH3)、飲料水に含まれる程度の低レベルな塩素には抵抗性を示す。また温度に対しては熱(60℃)程度では抵抗性を示すので、失活には中心温度が85℃に到達してから、少なくとも1分以上加熱する必要がある。

確かに、カキはノロウイルスの感染源となるが、ウイルスはカキで増えないのだから、カキに罪はない。十分に加熱して調理すれば、全く安全なのである。分かってはいるのだが、カキ好きはどうしても生で食べたくなる・・・。安全なカキを食べるためには、何よりも清浄な生育環境を整えることである。

国立感染症研究所・ウイルス第二部 片山和彦

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