学校給食で提供されたパンを原因としたノロウイルスによる食中毒事例−北海道

(Vol.24 p 315-316)

2003年1月24日19時30分頃、北海道A町の町立病院から小学生16名が嘔吐、腹痛等の食中毒様症状を呈し受診している旨、管轄保健所に連絡があった。その後、医療機関を受診する者は増え続け、計511名が治療を受けた。

管轄保健所は、原因を究明するため、A町と連携して有症者の疫学調査を実施するとともに、学校給食の調理を行ったA町学校給食センター、学校給食センターに納入している米飯およびパン製造施設、麺製造施設の3施設において、調理行程、衛生管理等について聞き取り調査を行うと同時に、保存食および食材の検査、調理従事者の検便を行った。採取された食品108検体、有症者便29検体、有症者吐物121検体、学校給食センター従事者便13検体、米飯およびパン製造施設従事者便7検体、麺製造施設従事者便5検体、各施設ふきとり検体119検体を細菌検査に供したが、本事例に関与したと推測される病原細菌は検出されなかった。

一方、衛生研究所では、上記の検体の中からウイルス学的検査として電子顕微鏡法を有症者便17検体、学校給食センター従事者便13検体、米飯およびパン製造施設従事者便7検体、麺製造施設従事者便5検体について、また、ノロウイルスを対象としたRT-PCR法を有症者便23検体、吐物20検体、学校給食センター従事者便13検体、米飯およびパン製造施設従事者便7検体、麺製造施設従事者便5検体、22日〜24日にかけての保存食および食材35検体について行った。RT-PCR法に用いたプライマーは、P1/3、NV・SM82/81、COG-1F/G1SKRおよびCOG-2F/G2SKRの4系統で、食品については、これらのプライマーでPCRを行った後、それぞれP1/2、Y1/2、G1SKF/G1SKR、G2SKF/G2SKRプライマーを用いたNested PCRを行い、増幅産物を判定材料とした。その結果、電子顕微鏡法では、有症者便8検体、学校給食センター従事者便3検体、米飯およびパン製造施設従事者便2検体から小型球形ウイルス(SRSV)が検出され、RT-PCR法では、有症者便11検体、吐物10検体、学校給食センター従事者便3検体、米飯およびパン製造施設従事者便1検体からノロウイルス遺伝子が検出された。遺伝子解析の結果、有症者および従事者から検出されたノロウイルスの遺伝子型は、一致することが判明した。一方、保存食および食材からはノロウイルス遺伝子は検出されなかった。

その後、疫学調査によってA町小中学校16校において有症者が認められ、学校ごとの発症状況には偏りがみられなかったものの、1月23日に学校給食を喫食しなかった中学校生および教職員には発症者が認められないことが判明した。また、A町内では風邪などの流行も認められなかったことから、23日の給食が原因食品として疑われた。23日の給食メニューは、ミニきな粉ねじりパン、昆布入りみそラーメン、アゲと蒟蒻の卵とじおよび牛乳で構成されていた。給食センターにおける調理行程には、加熱作業が入り、その後の取り扱いでもノロウイルスに汚染される可能性は低いと考えられた。また、従事者は同一の給食を喫食していたことから、給食センターの従事者も同時に曝露された可能性が考えられた。続いて、食品を納入している米飯およびパン製造施設について製造行程の見直しを行ったところ、パンの製造工程において、加熱(油揚)後、パンにきな粉砂糖をまぶす行程があり、再調査の結果、従事者がその前段階であるきな粉と砂糖を混ぜ合わせる作業を素手で行っていたことが判明した。

これらを踏まえ、ミニきな粉ねじりパンに付着したきな粉砂糖を掻き取り、再度遺伝子検査を行ったところ、ノロウイルス遺伝子が検出され、遺伝子型が有症者および従事者のものと完全に一致した。検出されたノロウイルス遺伝子のコピー数の計測を国立感染症研究所・感染症情報センター第六室(西尾 治室長)に依頼したところ、小学生用のパンで800コピー/個、中学生用のパンでは1,400コピー/個と算出された。ノロウイルスは100個程度でも感染するとされていることから、ミニきな粉ねじりパンには発病させる十分量のウイルスが含まれていたものと考えられた。

最終的には、A町小中学校16校の児童生徒および教職員1,438名中661名が発症した大規模な集団食中毒事例となった。症状は、嘔吐が最も多く発症者の80%に認められた。その他の主な症状は、腹痛64%、吐き気61%、下痢50%、発熱44%であり、発症時刻が最も集中したのはミニきな粉ねじりパンを食べてから32〜33時間後(翌日の夕刻)で、平均潜伏時間は33.1時間であった。

本事例は、給食で提供されたミニきな粉ねじりパンが原因の大規模な集団食中毒事例であった。パン製造施設の従事者自身もきな粉砂糖によってノロウイルスに感染した一人である可能性は否定できないが、きな粉および砂糖が仕入れの段階で既にウイルスに汚染されていた場合、事態はA町の集団食中毒にとどまらないと思われることから、その可能性は極めて低いと考えられた。従って、本事例は、ウイルスの侵入経路は断定できなかったものの、従事者も含めたパン製造施設がウイルスの拡散に関与したことは強く疑われ、その製造行程における衛生管理体制が整備されていたなら、今回のような集団食中毒は未然に防げた可能性が高いと思われた。また、本事例は、原因となったノロウイルスが二枚貝以外の食品から検出された貴重なウイルス性食中毒事例であったが、原因食品の絞り込みには、ウイルスの基本性状を考慮した視点が欠かせないことをあらためて認識させられた事例であった。

北海道立衛生研究所感染症情報センター微生物部
三好正浩 吉澄志磨 佐藤千秋 奥井登代
北海道釧路保健所
鹿野健治 伊藤宏達 中本あづさ 古崎典子 紀伊 勤 虻川 裕 古川保雄

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