デング熱媒介蚊の生態(東南アジアを例として)

(Vol.25 p 34-35)

ヒトにデング熱を媒介する蚊としてこれまで知られているのは、ヤブカ属(Aedes )に属する種類のみで、Aedes aegypti (ネッタイシマカ)、Ae. albopictus (ヒトスジシマカ)、Ae. polynesiensis Ae. scutellaris などである1)。これらの中で分布域が広範囲にわたっており、媒介能力も高いという理由で、ネッタイシマカとヒトスジシマカが最も重要な媒介蚊であるといえる。これら2種の発生場所や吸血習性などについて、東南アジアの調査結果2),3),4)を中心に紹介する。

ネッタイシマカ(写真1):本種は、かつてわが国でも熊本県天草、琉球列島で生息が確認されたが、1970年代以降採集されておらず、現時点ではわが国に分布していない。もともとアフリカに起源のあるヤブカで、大帆船時代に人の移動とともに世界各地に分布を拡大した。人の生活に密接に関係した生態を持ち、人家の周辺で生活している。幼虫は屋内外の人工容器に発生する。屋内では、花瓶、金魚鉢、アントトラップ、手洗いの貯水槽など、水を満たした状態でしばらく放置されるような容器に発生する。屋外でも水がめ、植木鉢の水受け皿、竹の切り株、空きびん、空き缶、古タイヤ、ドラム缶、駐車場などの排水口に残された水たまり、クーラーの室外機から出る水を受ける盤など多種多様でどちらかといえば小さい容器に発生する。東南アジアの近代的都市のひとつであるシンガポールでも、徹底した媒介蚊対策にもかかわらず、いまだにネッタイシマカの根絶には成功しておらず、コンクリートジャングルのような無機的な環境でも生息できるヤブカである。

卵は水の入った容器の壁面、水面よりわずかに上の湿った部分に1卵ずつばらばらに産み付けられる。産卵後2日程度で胚発育がいったん停止し、その後水位が上昇して卵が水につかるまで孵化しない。卵は乾燥状態で少なくとも1カ月は生存できる能力を持っている。熱帯地域では孵化幼虫は約10日で成虫まで発育し、吸血に来るようになる。

昼間吸血性で吸血活動には日周リズムがあるが、日中であればほとんどいつでも吸血のために飛来し、薄明・薄暮あるいは昼により多く吸血に来る。室内のタンスの裏側、ベッドの下、つり下げられた衣服の間などに潜んで、人が近づくのを待ち伏せるタイプの蚊である。ヒトスジシマカに比べて、動作が素早く捕獲するのが難しい。飛来した個体を何度追い払っても、しつこく吸血に来る。知らないうちに首筋や耳の後ろ、腕の後側など気がつきづらいところを吸血されている。屋外でも庭や軒先の日陰などで吸血に来る。デング熱の流行地では、さぞかしたくさんのネッタイシマカが吸血に来るだろうと思うかもしれないが、意外なことに、多数のネッタイシマカに襲われることはない。むしろほとんど気にならない程度にしか、吸血には来ない。そのような低い生息密度であるにもかかわらず、デング熱の流行は継続している。これは、ネッタイシマカに関係したもっとも不思議な現象である。

重要な防除対策は発生源対策(発生源をなくすこと)である。吸血回避には、蚊取り線香による空間処理や忌避剤の塗布などが有効である。長袖、長ズボンを着用すれば、衣服の上から吸血されることはまずない。

ネッタイシマカの日本再定着の可能性:実験的には幼虫の発育が可能な最低温度は10℃付近であるので、九州では5月〜10月までは十分繁殖できる。しかしながら、11月〜翌年の4月までの半年間は、卵の状態で低温で乾燥した冬を越さねばならない。これは休眠性のような特殊な性質を持たないとかなり厳しい生態的条件で、そのためネッタイシマカの九州地方への再定着は起こりにくいと思われる。亜熱帯地域を含む琉球列島の場合は、過去にネッタイシマカが生息していたことがあり、気象条件もそれほど厳しいとは思われないため、何らかの形で侵入すれば定着する可能性は高い。

ヒトスジシマカ(写真2):東南アジア原産のヤブカで、わが国では沖縄県から東北地方まで広く分布する。関東地方以西では、恐らく人が吸血される確率のもっとも高い種類だろう。1980年代から北米、中米、南米、オーストラリア、ニュージーランド、地中海沿岸地域、マダガスカル、アフリカという具合に、かなり広範に分布を拡大し続けている。幼虫は屋内の容器には発生しないのが普通で、庭の水がめや、植木鉢の水受け皿、竹の切り株、お墓の花立て、雨水マス、放置されたプラスチック容器、古タイヤなどによく発生している。成虫は樹木の木陰や潅木、低木の茂みなど、いわゆる藪に潜んで吸血のチャンスを待つ、待ち伏せ型の行動を示す。ネッタイシマカとは異なってコンクリートジャングルのような無機的な環境には生活できない。林縁部、木立に囲まれた墓地や公園、樹木の植えられた庭などが典型的な吸血場所である。

昼間吸血性で吸血活動には日周リズムがあり、薄明と薄暮に吸血飛来数が多くなる2山型である。ただし、状況によっては夜間でも吸血に来ることがある。吸血のために屋内に侵入することもあるが、多くの場合、庭仕事や公園の散歩、ハイキングなどの野外活動中に吸血される。成虫が吸血のために直射日光の当たる場所に出てくることはまれであるので、吸血を避けるには藪に近づかないのが一番である。木陰で多数の成虫が吸血に来た場合でも、直射日光の当たる場所に逃げ出せば飛来する成虫の数はかなり減少する。植物の葉の裏などで待ち伏せしている成虫が、人の接近を察知できる距離はおよそ4〜5mと推定されている。

やむを得ず藪の中や近くで活動するときは、忌避剤の塗布や蚊取り線香の携帯、長袖・長ズボンの着用などが実用的で効果的な吸血回避方法である。

成虫の飛翔能力:ネッタイシマカやヒトスジシマカの飛翔能力は、媒介される病気の伝播・拡大の速度を決める重要な形質である。これまで行われている標識再捕獲実験では、ある地点から放逐された成虫の分散範囲は 100m内外とされている。しかしながら、飛翔による移動は短距離の移動をくり返して行われるので、家屋や幼虫発生源、吸血動物などの分布様式、家屋周辺の植物の生育状態などにも影響されると考えられる。したがって、成虫の分散範囲を考える際には、問題になっている場所がどういう環境にあるかを的確に把握することが大切である。

ネッタイシマカとヒトスジシマカの関係:両種とも小型の人工容器に発生するが、ネッタイシマカは屋内の容器にふつうに発生し、ヒトスジシマカが発生するのはまれである。屋内で吸血される機会はネッタイシマカのほうがはるかに多く、ヒトスジシマカでは少ない。このようにネッタイシマカとヒトスジシマカの生態にはよく似ている部分もあれば、はっきり異なる部分もある。そのため、どちらの種類も生息しているが、場所によって相対的にネッタイシマカが多い地域、逆にヒトスジシマカが多い地域、あるいはどちらも同程度に発生している地域というような地域間の違いが見られる。東南アジアではどちらか一方の種類が他方を追い出してしまうというような、排他的な関係にあるのかどうかははっきりしない。

 文 献
1) Gubler DJ. and Kuno G, ed., Dengue and dengue hemorrhagic fever . CAB International, 1997
2) Tsuda, et al., J. Med. Entomol. 38:93-98, 2001
3) Tsuda Y. and Takagi M., Environ. Entomol. 30: 855-860, 2001
4) Tsuda Y. et al., Southeast Asian J. Trop.Med. Public Health 33: 63-67, 2002

国立感染症研究所・昆虫医科学部 津田良夫

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