台湾クルーズの客船に関連したレジオネラ肺炎・事例1−大阪府

(Vol.25 p 40-40)

症例:70歳男性

現病歴:2002年(平成14年)12月27日より10日間の大阪−台湾クルーズに乗船した。風呂好きで、船上でほとんど毎日のように大浴場に入浴していた。旅行中1月1日頃からの乾性咳そう、軽度熱発を自覚していた。旅行後1月6日頃より食欲不振、全身倦怠感があり、1月13日に呼吸困難を自覚し、当院を受診した。救急外来受診時、パルスオキシメータによるSaO2が80%台、胸部レントゲン上、重症肺炎と診断されたため、直ちにICUへ収容し、挿管、呼吸管理が開始された。挿管後の血液ガスデータはFiO2=1.0、PEEP=5cmH2O SIMV18の呼吸器設定でpH 7.48 、PaO2 66mmHg、PaCO2 55 mmHgと重篤な低酸素血症を呈した。胸部レントゲンとCTで、両側のびまん性浸潤影および以前より存在したと思われる中等度の肺気腫像が認められた。血液データにて、WBC 16,500/ul、CRP 36.4 mg/dlと強い炎症所見を認めた。パニペネム/ベタミプロン 1g/日、ミノサイクリン 400mg/日を開始したが、血液ガスデータの改善は見られなかった。間質性肺炎像を呈していたため、メチルプレドニゾロン 1g/日を3日間投与したが、血液ガスの改善は見られなかった。BCYE-α培地に菌の発育を第4病日に認め、また旅行歴からレジオネラ感染を疑い、エリスロマイシン 2g/日、シプロフロキサシン 400mg/日、リファンピシン 450mg/日を開始した。エリスロマイシン開始後呼吸状態は劇的に改善し、第9病日に抜管したが、再び呼吸状態が悪化し、第11病日に再挿管した。胸部CT上、肺胞の破壊が激しくDiffuse alveolar damageの像を呈し、呼吸不全が重篤であったため、再びメチルプレドニゾロン 1g/日を3日間投与した。第13病日に気管切開、高PEEPによる呼吸管理や腹臥位による喀痰排出など呼吸理学療法により、患者の呼吸状態は徐々に改善し、第22病日ICUから一般病棟へ転室した。その後一般病棟で呼吸器からも離脱し、気管切開孔を閉じ、退院することができた。しかし、日常生活でも酸素投与を必要とする重篤な後遺症を残した。

細菌検査:家族の話より船上でのレジオネラ感染を疑い、気管支ファイバーにより得られた喀痰から(1月13日採取)、第4病日に菌の発育が観察され、BCYE-α培地に発育するLegionella pneumophila (LP)が認められた。菌の同定は抗血清による凝集反応で行い、LP血清群5と確定した。また、第3病日に採取してあった尿におけるNOW LEGIONELLAの尿中抗原キットでLP陽性であることが判明した。

クルーズ船の細菌検査:保健所への報告により、直ちにクルーズ船の細菌検査が行われ、男性の大浴場ろ材からLP血清群5が、女性の大浴場ろ材からLP血清群1および5が検出された。台湾クルーズ前の自主検査では浴槽からも検出されていた。また、浴場から検出されたLP株と患者のLP株が同一であることがパルスフィールド・ゲル電気泳動により確認された。このことより、患者はクルーズ船の浴場で感染したものであることが証明された。

考察:患者は70歳と高齢で、もともと肺気腫が存在したため、今回のような重篤なレジオネラ肺炎を発症したと考えられる。レジオネラ菌の肺胞破壊性は凄まじく、L. pneumophila が同定され、エリスロマイシンやリファンピシンなど適正な治療が開始されても肺炎は難治性で再挿管や気管切開を余儀なくされた。一時は敗血症による多臓器不全を併発し、死に瀕した。一命は取り留めたものの、酸素投与無しでは日常生活もままならぬ重篤な後遺症を残した。これまで、循環式浴槽で使用される麦飯石やセラミックボールからレジオネラ属菌が検出されているものの、ろ材である麦飯石が感染源と特定された初めての事例となった。現在、定期的な細菌検査を客船に義務づける条例は存在しない。これまで循環風呂の危険性が指摘されてきたにもかかわらず、客船内の施設の衛生管理が不十分であったことは残念である。

済生会吹田病院・ICU  小林敦子
  同 ・呼吸器内科 山本佳史 長 澄人
  同 ・臨床検査部 井上 申
国立感染症研究所・細菌第一部 倉 文明 前川純子

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