台湾クルーズの客船に関連したレジオネラ肺炎・事例2−東京都

(Vol.25 p 40-41)

2003(平成15)年1月15日、都内のS病院より4類感染症レジオネラの発生届けを受理した。患者は「台湾周遊ニューイヤーズクルーズ」[周遊期間:2002(平成14)年12月27日〜2003(平成15)年1月5日]に参加していた。同台湾クルーズの浴場利用による感染が疑われ、レジオネラ症に関する患者調査を開始した。1月24日、大阪府からの調査依頼に基づき特異事例として再調査を行った。再調査にあたっては、(1) 検体提供の依頼、(2) プレス発表、(3) 主治医への病状確認、(4) 検査情報の把握、(5) 家族からの聞き取り、(6) 大阪府との連携を行った。

症例:73歳 女性
既往歴:心房細動、高血圧、耐糖能異常
生活歴:喫煙および飲酒なし
現病歴:2002年12月27日〜2003年1月5日まで「台湾周遊ニューイヤーズクルーズ」に参加し、船内の浴場を使用していた。クルーズ期間中の2003年1月3日、咳と38.5℃の発熱が出現した。下船後、1月6日近医を受診し、セフジニルを内服したが症状軽快せず1月8日に近医入院となる。右肺炎像を認め1月8日〜セフェム系抗菌薬、1月11日〜ニューキノロン系抗菌薬の投与を開始したが改善認めず、38.5℃以上の発熱が持続した。このため重症肺炎にて1月14日にS病院転院となる。入院時には意識は清明であるが呼吸困難を訴え、体温36.8℃であった。聴診所見では、右肺にcoarse crackle(吸気)、wheezing(呼気)を認め、胸部X線所見では、右肺全体にconsolidation、air bronchogramを認めた。血液検査では、WBC 14,300/μl、CRP 27mg/dl、GOT 128IU/l、GPT 56IU/l、LDH 824IU/l、Cr 0.6mg/dl、動脈血(O2 3l/min ):pH:7.49 PO2: 60mmHg PCO2: 31.4mmHg HCO3-:23.6mEq/l、SaO2: 94.2%であった。

尿中レジオネラ抗原検査陽性よりレジオネラ肺炎と診断し、マクロライド系、アミノグリコシド系抗菌薬の投与を開始した。並行してステロイドパルス療法を行った。また、安定した酸素化のため8L、40%ベンチュリーマスクで対応した。抗菌薬の投与により、やや改善を示したが、著明な改善は認めなかった。

その後、胸部X線所見の悪化認め、さらに酸素化の改善が進まないためステロイドパルス療法を再施行した。再施行後は症状と検査所見を見ながら、緩やかにステロイドを漸減した。これにより、聴診、画像および酸素化能の所見は再燃なく改善した。1カ月にわたるマクロライド系、アミノグリコシド系抗菌薬の投与とステロイド投与によりレジオネラ肺炎は軽快し、2003年3月16日退院となった。

この間、レジオネラの病変が左肺に及んでいないにもかかわらず酸素化能が不良のため、肺血流シンチを施行(2月10日)したところ、両肺に血流欠損像が多発、造影CTで肺動脈内に欠損を認めた。抗凝固療法開始により酸素化能改善し、血流欠損像も改善を認めた。この肺血栓塞栓症の発症に関しては、レジオネラ肺炎加療中の長期臥床、心不全によるものと考えられた。入院時GOT、GPTの上昇にみられた肝機能障害は、レジオネラ肺炎の改善とともに改善したことからレジオネラ肺炎による所見と考えられた。

レジオネラ症発症に関連する環境調査:自宅浴場は循環式でなく、浴槽水は1回ごとに入れ替えて使用されていた。また自宅周囲には公園等に噴水はなかった。クルーズ船の入浴施設以外の温泉、温水プールの利用はなかった。主婦であるため、職業に関連する危険因子はなかった。自宅浴槽水・釜口・浴室壁(2月5日提出)からはレジオネラ属菌は不検出であった(2CFU/100ml未満)。

レジオネラ検査(東邦大学医学部微生物学教室で検査実施):1月14日採取の尿により、レジオネラ尿中抗原(キット名:NOW LEGIONELLAおよびBiotest EIA)陽性であった。なお、培養陰性、PCR 陰性(ともに1月16日採取の喀痰より)であった。1月14日の単一血清では、血清抗体陰性(デンカ生研のマイクロプレート凝集法)であった。

考察:患者と客船の女性浴場のレジオネラ属菌はLegionella pneumophila として一致した。しかし、患者喀痰よりレジオネラ菌の培養はできず、これに関しては、今回患者から採取された喀痰は前医で1月11日よりニューキノロン系が投与されていたことから培養不能であったと考えられた。また、PCR法は陰性であった。自宅浴槽水からはレジオネラ菌不検出(2CFU/100ml未満)であり、聞き取り調査も含めて患者周辺の環境よりの感染は否定的であった。以上から客船の浴槽水からの感染が濃厚ではあるが、菌型に関して、遺伝子型の一致による感染の証明はできなかったため完全な感染経路解明には至らなかった。

本事例は、船内の浴場での発生が疑われたレジオネラ症であり、このような場合では、患者は各自治体にバラバラに発生すると考えられる。レジオネラ症に関しては患者の行動調査を含め、周囲に同疾患または同様の症状を呈する者がいないか注意深く探ることが重要である。本事例のような場合は特に情報交換を含め各自治体同士の連携が非常に重要となると考えられる。また患者検体、環境検体の確保が重要であり、それらが感染源・感染経路の特定につながってくることはいうまでもない。レジオネラ症の蔓延を未然に防ぐ意味で、今後とも、発生時対応をより早く、的確に行うための体制整備が必要である。曝露を受けた者の早期把握に努めることにより、その中での感染者を早期に発見し、早期の治療に結びつけることができると考える。

  東京都健康局医療サービス部・感染症対策課 杉下由行

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