症例:71歳、男性
既往歴:特記事項なし
生活歴:喫煙15本/日×40年間、飲酒なし
現病歴:2003(平成15)年1月7〜9日に大型客船(定員720名)を利用した名古屋−高松間のクルーズに参加し、乗船中に入浴およびサウナを利用した。同月11日より咳嗽、12日より38℃台の発熱が見られるようになり、13日に近医を受診した。近医では胸部X線が行われることなく気管支炎の診断のもとクラリスロマイシン(CAM) 400mg/日とレボフロキサシン(LVFX)300 mg/日が10日間投薬された。その後に発熱は改善したものの咳嗽は持続した。同月28日に参加したクルーズの船会社から「レジオネラ肺炎が乗客から発生しているので病院受診をしてもらいたい」と連絡が入り、30日に当院を受診した。胸部X線およびCTで両肺に多発性浸潤影を認め、左S1+2には空洞も確認された。体温37.5℃、CRP 4.2mg/dl、尿中レジオネラ抗原陽性からレジオネラ肺炎として同日入院となった。エリスロマイシン(EM) 1.5 g/日で治療を開始したがCRPは7.0mg/dlまで上昇し、胸部X線の改善も見られなかった。喀痰からメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)が105/ml検出されたため2月5日よりセファゾリン(CEZ)2 g/日を追加したところCRP値は陰性化した。しかしながら胸部陰影の改善が乏しかったため同月10日に左S1+2から経気管支肺生検を行なったところ、bronchitis and interstitial pneumoniaとの病理診断を得た。13日に薬剤の投与を中止して15日に退院となった。その後も陰影は遷延して見られ、約9カ月の経過で自然消退した。
細菌検査:喀痰および気管支洗浄液(2月10日採取)のヒメネス染色は陰性で、培養検査でもLegionella pneumophila は検出されなかった。ペア血清による有意な血清抗体の変化も見られず、尿中レジオネラ抗原陽性(Biotest)であることが本症例の診断根拠となった。
レジオネラ症に関連する病歴:自宅浴槽は24時間風呂でなく、乗船に前後して温泉地へ出かけたこともなかった。また職業は無職であった。
客船内のレジオネラ菌検査および他の発生事例:2002(平成14)年12月23日に客船内の男子大浴場、ジャグジー、ロイヤルスイートルーム内浴室に対してレジオネラ属菌検査が行われ、船会社へ1月6日に各々15,000CFU/100ml、140CFU/100ml、10CFU/100ml未満と連絡が入った(公衆浴場法に適用される厚生労働省の水質基準:10 CFU/100ml未満)。このため同日中に通常より高い塩素濃度(5〜10ppm)で大浴場ラインクリーニングの実施(7時間)、ろ過装置ならびに集毛器の清掃・消毒などの対策がとられたが、1月14日の再検査でも男子大浴場2,860CFU/100ml、ジャグジー80CFU/100mlの結果であった。同船では12月27日〜1月19日の間に合計5回のクルーズが行われ、計 1,833名の乗船があった。本症例以外に台湾クルーズにおいて大阪府で1名、東京都で1名のレジオネラ症患者発生届けが確認された。大阪府の患者喀痰および1月14日に船会社が採取した男子大浴場浴槽水ならびに1月28日に兵庫県が採取した男子大浴場濾過器ろ材からL. pneumophila 血清群(SG)5が検出され、国立感染症研究所での検査によりこれらの菌の遺伝子型は一致した。
考察:客船におけるレジオネラ症の1例を経験した。本症例はレジオネラ肺炎の治癒過程中にMSSAが二次感染した可能性が考えられたが、最初の発症時期、尿中レジオネラ抗原陽性、胸部陰影が遷延した経過などレジオネラ肺炎として矛盾しない。前医でCAMとLVFXが処方されており、病状がより複雑なものとなったと思われる。2000(平成12)年より本邦においてもレジオネラ症の循環式浴槽での集団発生が報告されるようになり本症は注目を集めているが、レジャーの多様化に伴い今後はこのような客船中での発症にも注意していく必要があると考えられた。
豊橋市民病院呼吸器・アレルギー内科
竹本正興 権田秀雄 大石尚史 山本景三 池ノ内紀祐