厚生労働省麻疹研究班「成人麻疹の実態把握と今後の麻疹対策の方向性に関する研究」の活動のまとめ

(Vol.25 p 63-64)

現在の日本における麻疹患者は徐々に減少しているが、1歳児に最も多くみられ、生後6〜11カ月の乳児がこれに次いでいる。しかし、麻疹患者数の減少に伴って麻疹患者の年齢分布に変化が生じている。当院に1981〜83年、1990〜92年、2000〜02年に入院した、0歳児、1歳児、20代、30代の麻疹患者の相対頻度をみると、1981〜2002年の間に0歳児の入院患者の割合は10.4%から14.3%へとやや増加し、1歳児の入院患者の割合は26.7%から 9.3%へと減少している。一方、20代および30代の入院患者はそれぞれ 3.0%から24.3%、 1.5%から 9.6%へと最近著しく割合が増加している。なお、成人麻疹入院患者のほとんどは麻疹未罹患、麻疹ワクチン未接種である。成人麻疹患者の相対的増加は外国でもみられており、麻疹流行対策が進み、麻疹患者が減少していく過程で一時的にみられる現象と考えられる。

麻疹を医療費の面からみると、小児の麻疹患者で外来治療だけで治癒した場合は、医療費と間接費で平均12万円、入院治療した場合は医療費と間接費で平均30万円であった。一方、入院した成人麻疹患者の場合は治療費が約31万円、仕事を休んだことなどによる社会的損失が約20万円であり、成人麻疹は社会経済的損失が大きいことが判明した。

一般に成人の麻疹患者は重症になるといわれている。しかし、当院に入院した1歳〜5歳までの麻疹患者と18歳以上の麻疹患者について、最高体温と有熱期間を比較したところ、成人麻疹入院患者群における最高体温は平均39.7±0.7℃で、小児群の平均最高体温39.9±0.6℃と有意差はみられなかった。また、成人麻疹入院患者の有熱期間は平均7.4±2.2日で、小児群の平均有熱期間7.5±1.8日と有意差はみられなかった。

また、咳嗽、結膜充血、コプリック斑は小児群と成人群の間で発現率に有意差がなかった。咽頭痛は小児患者では訴えが少なく、成人患者で訴えが多かった。一般に成人では口腔粘膜の症状が強く、コプリック斑も小児より長い間見られる症例が多かった。しかし、我々の調査では、麻疹の症状は小児患者よりも成人患者で重いとは結論できなかった。

成人麻疹患者の増加とともに、生後6カ月未満の乳児麻疹患者、新生児麻疹患者もみられるようになった。45例の妊婦で麻疹中和抗体価を調べたところ、調査した妊婦の中に麻疹抗体陰性者はいなかったが、中和抗体が2倍や4倍という低い値の妊婦が約20%いた。このような妊婦から生まれた子どもは早い時期に麻疹に罹患する可能性がある。

小児での麻疹ワクチン接種率を高く維持するためには、小児の麻疹ワクチン接種率を的確に把握できなければならない。ある市の協力を得て3歳児健診受診者を対象にして予防接種記録から麻疹ワクチン接種月齢を調査し、月齢ごとの接種者数を加算して累積接種率を算定した。累積接種率と月齢別の麻疹患者数をみたところ、累積接種率が高くなるにつれて、月齢別麻疹患者数が減少していた。この調査から麻疹ワクチン接種状況を把握するために、累積接種率が非常に有用であることが判明した。すでに無作為抽出した110例の標本から母集団の累積接種率を推定する方法を崎山が発表していたため、全国レベルおよび市区町村レベルの麻疹ワクチン接種率を把握するために崎山法を採用した。

全国の市区町村から5,000人の3歳児を無作為に抽出して、麻疹ワクチン接種月齢を各自治体に依頼して調査した。その結果、日本全国平均の麻疹ワクチン接種率が生後18カ月で56.4%、生後24カ月で77.3%であることが判明した。日本の麻疹ワクチン接種率は、麻疹の流行を阻止するために必要といわれている接種率95%からははるかに低いことが明らかになった。

市区町村レベルでの麻疹ワクチン接種率を知るために、全国の保健所を通して市区町村に崎山法による累積接種率の調査を依頼した。簡単に累積接種率を算定し、累積接種率曲線を描けるように、統計ソフトを開発し、協力を約束してくれた保健所に配布した。全国 145カ所の自治体から累積接種率のデータが集まり、麻疹ワクチン接種率が非常に高い自治体もあれば、非常に低い自治体もあり、自治体による差が大きいことが判明した。

麻疹ワクチン接種を受けない理由を知るために、18カ月以降に麻疹に罹患した子どもの保護者に、未接種理由を尋ねた。その結果、「予防接種を忘れていた」など麻疹ワクチンに無関心な保護者がいる一方で、「副反応が心配で受けなかった」などワクチンに関する誤解、認識不足による未接種者もいた。麻疹ワクチンに無関心な保護者や副反応を過剰に心配する保護者には、医師や保健師が機会あるごとに、麻疹ワクチンの安全性や効果および接種の必要性について繰り返し説明して、ワクチンを早期に接種するように説得する必要がある。

アジア諸国では乳児期の麻疹患者を少なくするために生後8カ月、9カ月から麻疹ワクチン接種を実施している国が多く見られる。日本でも生後9カ月からの麻疹ワクチン接種を勧める意見があり、実際に生後9カ月から麻疹ワクチン接種を強く勧めている病院における麻疹ワクチン累積接種率は、日本全国の累積接種率に比べて早期に高い累積接種率に達している。しかし、日本では生後9カ月からの麻疹ワクチン接種は、保育園で生活する乳児のように感染の危険が大きい集団に限って行うほうが効率的であり、麻疹ワクチン接種を生後12カ月から始めて早期に累積接種率を95%以上にできれば、感染機会が減るので、乳児期の麻疹患者も減少すると考えられている。

某市における調査結果をみると、生後15カ月での麻疹ワクチン累積接種率は2002年の74%から2003年には83%へと上昇していた。これはワクチン接種担当医師らが機会あるごとに乳児の保護者に麻疹ワクチンの必要性を説明し、1歳になったらすぐに麻疹ワクチン接種を受けるように説得した結果と考えられる。

WHOが示した麻疹根絶への3段階の分類で、日本はまだ第1段階のcontrol 期にあるが、麻疹ワクチン接種関係者が地道な活動を続けて行けば、麻疹ワクチン接種率が急速に高まり、間もなく第2段階のOutbreak prevention期に移行できるであろう。

東京都立駒込病院小児科 高山直秀

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