大学における成人麻疹集団発生事例−石川県

(Vol.25 p 67-68)

2003年5月〜6月にかけて当所管内のK大学において麻疹の集団発生を経験したので概要を報告する。

石川県では2002年6月から県が実施主体の「麻しん迅速把握事業」により麻疹は全数把握している。2003年4月中旬から高校生の麻疹報告の増加がそれにより確認された。この流行は4月上旬にN県で行われた高校剣道大会との関連が示唆され、直ちに大会に出場した県内各校に対して流行の実態調査および予防接種勧奨等の感染拡大防止策がとられた。5月中旬、N県の大会に出場していない高校の剣道部からも麻疹発生報告が相次いだ。この流行は4月中旬の患者から、4月29日に開かれた県内高校剣道大会を通じて拡大したことが後に確認された()。

2003年5月16日、「麻しん迅速把握事業」で、K大生の麻疹患者が1名報告された。その後5月26日より徐々にK大生の報告数が増加し、集団発生が危惧されたので、当所は詳細な情報収集と大学衛生担当者への指導等を開始した。

6月5日、大学および保健所の関係者からなる麻疹感染拡大防止対策を検討するための会議を開催、双方の意識の共有化をはかり、ワクチン集団接種を柱とした対策が決定され、即日実行に移された。

翌日から麻疹ワクチン集団接種が始まった。集団接種はのべ6日間にわたり、教職員その他を含め6,368名に行われた。集団接種に従事した医療スタッフはのべ464名、接種に要した費用はすべて大学が負担した。

学生等へは、学内のメディアを通して、感染症対策の基本である手洗いや有症時の早期受診を促し、周辺の医療機関へは修飾麻疹も考慮し、熱や発疹でK大生が受診したら、まず麻疹を疑ってほしい旨、情報提供した。また、学内の集会等はできるだけ見合わせるように依頼した。

臨床的に麻疹と診断された学生64名のうち、承諾を得ることのできた48名について、疫学調査を行った。その結果、48名中30名(63%)が乳幼児期にワクチン接種歴があり、secondary vaccine failure(SVF)が疑われた。なお、学生全体に対して大学が実施したアンケートでは、36%が乳幼児期のワクチン接種歴有であった()。また、過去に罹患があるにもかかわらず、今回再び麻疹を発症したという学生が4名いた。しかし、そのうち2名は、6病日の採血でPA抗体価はともに16倍以下、IgG抗体価(EIA)はそれぞれ8.1、4.9と低値で、IgG avidityはいずれも0%と、検査結果からは過去の罹患は否定的であった。また、他の1名は3病日にPA抗体価のみが測定され、4,096と高いため過去の罹患は否定できなかった。残り1名は血液検査は行われていない。

患者発生数の推移を発症日別にみると、二次感染、三次感染、四次感染と次々と感染が拡大したことが推測される。しかし、6月6日からのワクチン集団接種が功を奏し、今回接種を受けたが間に合わなかったと思われる6月24日の発症者1名を最後に、K大学の麻疹集団発生は終息した。その後、7月11日に1名の発症が報告されたが、それまでの発症者との関連は不明であった。

疫学調査の結果、今回の集団発生の発端者は、前述の4月29日の県内剣道大会を観戦しており、そこでの感染と思われる。患者発生はK大学全13学科に及び、同じクラス・サークル・寮・研修等が感染の場と考えられ、大まかな感染経路の推測はできたが、ほとんどの学生が、患者との接触等、感染を受けたことを自覚しておらず、個々の感染経路を特定することはほとんど不可能であった。

今回の事例では、症例数が少なく、本人の記憶もあいまいなため不確実ではあるが、乳幼児期のワクチン接種により、症状は軽減される傾向があるように思われた。

患者20名について、麻疹特異IgG、IgM、IgG avidity、PA抗体価等の麻疹抗体検査が行われ、その結果、乳幼児期にワクチン接種歴のある11名はいずれもSVFと診断された。また、18名に対して行われた咽頭ぬぐい液、血液を検体としたB95a細胞によるウイルス学的検査では、4名から麻疹ウイルスが分離され、その遺伝子型はすべてH1型であった。

今回の集団発生の要因は、乳幼児期の麻疹ワクチン接種率の低さ、学生および地域住民の麻疹および麻疹ワクチンへの意識の低さ、さらに医療従事者の成人麻疹やSVF への認識の低さにあると考える。また、今回の流行は従来の感染症発生動向調査では把握できず、県独自の「麻しん迅速把握事業」により察知できた。このことから、迅速な感染拡大対策の必要性、また成人麻疹やSVFの増加を踏まえ、麻疹は全数把握が必要であり、感染症発生動向調査の改善が望まれる。

石川県石川中央保健福祉センター(石川中央保健所)
谷村睦美 中村礼子 中村辰美 川島ひろ子
石川県保健環境センター
尾西 一 黒崎直子 大矢英紀 芹川俊彦

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