行政機関内における麻疹ウイルスH1型の成人麻疹集団発生事例−長野県

(Vol.25 p 68-69)

H1型麻疹ウイルスは2001年に東京都および川崎市で検出されて以来(本月報Vol.22, 278-279参照)、国内各地で分離されており、2003年には4月〜6月にかけて岩手県での流行が報告されている(本月報Vol.24, 262-263参照)。2003年に長野県内の行政機関庁舎内で成人麻疹(H1型)の集団発生が確認されたので概要を報告する。

2003(平成15)年5月21日に長野市保健所管内の行政機関内(第1、2庁舎職員数約 1,300名)で4月23日〜5月9日にかけて4例の麻疹患者が発生したとの連絡が同保健所にあった。翌日の調査の結果、4例は既に臨床的に麻疹と診断されていたことから、集団発生として確認された。この時点で来庁者向けにお知らせを掲示するとともに窓口業務には感染を拡大する恐れがない(麻疹抗体保有)職員が対応する措置がとられた。長野市保健所で麻疹ウイルスの感染が疑われた職員18名について、麻疹ウイルスIgM (II)-EIA「生研」を用いて麻疹ウイルスIgM 抗体価を測定し、最終的に麻疹と確定した症例は第2庁舎の1階および2階の8例(前の4例を含む)で、初発例は4月23日、最終患者は5月17日の発症例であった。年齢は23〜43歳(中央値36.5歳)、性別は男性6名、女性2名、明確なワクチン接種(KL法)歴があったのは1名のみであった(表1)。臨床症状は、発熱および発疹が全員に、また発疹出現前に口内に現れるKoplik斑は半数に認められた。罹患率は、患者が発生した第2庁舎の1階が4.1%(6/147名)、2階が1.9%(2/107名)と低率であった。1階と2階の職員の麻疹既往/ワクチン接種歴は表2のとおりであり、192名中139名(72%)は麻疹の既往もしくはワクチン接種歴があった。

麻疹ウイルスIgM抗体価の結果から麻疹と確定されたNo.8とNo.3の家族で5月20日に発症したNo.9の2例の血液および咽頭ぬぐい液について、当所と国立感染症研究所でB95a細胞を用いたウイルス分離を試みたが、ウイルスは検出されなかった。しかし、国立感染症研究所で検体から直接、N蛋白C末端領域のRT-PCRを行った結果、No.8の血液および咽頭ぬぐい液からnested PCRで麻疹N遺伝子が検出され、ダイレクトシーケンスにより麻疹ウイルスH1型に分類された。なお、血液と咽頭ぬぐい液から得られた産物は同一の遺伝子型であった。さらに、当所で国立感染症研究所から分与されたMVi/Kawasaki.JPN [H1]株に対する中和抗体を測定した結果、急性期と回復期の血清を採取することができたNo.8の検体で有意な抗体の上昇を認め、さらに麻疹ウイルスIgG (II)-EIA「生研」を用いた測定でも同様の結果が確認された。以上により、今回の集団発生事例は麻疹ウイルスH1型が原因と考えられた。

長野市保健所が行った聞き取り等の情報から得られた疫学的な調査結果は以下のとおりである。

(1)今回の集団発生の初発例であるNo.1の患者は、4月初旬に麻疹の院内感染が起こっていた市内の病院に入院中の家族を頻繁に見舞っていた。
(2)第2庁舎1階の症例は、初発例のいた部署およびその隣の部署に留まっており、全フロアには波及しなかった(図1)。
(3)第2庁舎2階の症例は、人通りの多い渡り廊下に接する部署にのみ発生した(図2)。

一方、麻疹発生把握の遅れから、麻疹の罹患歴・予防接種歴、職員全員の血清疫学的調査および空調・人の動線などの事例解析に必須の事項については、充分な調査が実施できなかった。本事例の経験から、麻疹のような感染性の高い疾患に関しては、職場管理者および保健所等が情報を速やかに探知・収集し、対策を講じる必要性および麻疹流行時、特に窓口業務など対面業務に従事する者は予防接種を検討すべきであることが示唆された。

今後も、全国および長野県下全域での成人麻疹患者のサーベイランスに注目していきたい。

長野県衛生公害研究所 中村友香 横内文子 徳竹由美 村松紘一
長野市保健所 赤沼益子 粕尾しず子 岡村雄一郎
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース(FETP-J)
上野正浩 逸見佳美 大山卓昭
国立感染症研究所ウイルス第3部 斎藤義弘

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