既知の病原因子を保有しない大腸菌O6:H10(astA 保有)が検出された下痢症集団発生事例−大分県

(Vol.25 p 101-102)

2003年5月12日18時20分に、大分県A市内のB医療機関よりC学寮の寮生が下痢症状を呈している旨の届け出が保健所にあった。調査の結果、151名中67名が食中毒様症状を呈していることが判明した。患者の発生は、5月10日を中心に9日〜12日までの4日間であった。その主な症状は、下痢61名(91%)、腹痛49名(73%)で、他の症状はほとんどなく、医療機関を受診した者は2名(入院なし)と比較的軽症であった。共通食品は寮の昼食および夕食(いずれもK仕出し屋の弁当)で、K仕出し屋はこの寮以外にも弁当やそうざい類を約250食提供していたが、他からの苦情はなかった。飲料水は湧水を利用しており、調査の時点では残留塩素が確認されたが、休寮期間中(5月3日〜5日)の滞留水の水質は不明であり、飲料水が本事件に関与している可能性も否定できなかった。

保健所より搬入された患者便13検体について、下痢起因細菌およびウイルスの検索を定法に従い行った。なお、病原大腸菌のうちVero毒素産生性大腸菌(VTEC)、毒素原性大腸菌(ETEC)、組織侵入性大腸菌(EIEC)については、DHL寒天平板からコロニーSweep法にてPCRで病原遺伝子のスクリーニング検査を行った。検査の結果、いずれの患者便からも既知の下痢起因細菌およびウイルスは検出されなかった。しかし、すべての検体においてDHL寒天平板に無色半透明のコロニーの発育が優勢に認められたので、当該コロニーを3〜5個ずつ釣菌し、生化学的性状の確認試験、血清型別(デンカ生研)およびPCR法による病原遺伝子の検索を行った。

分離された菌株は、IDテストEB20(日水)プロファイル0111033の同一性状を示す白糖非分解の大腸菌と同定され、血清型はO6:H10であった。PCR法で病原遺伝子の有無の確認をした結果、invE 遺伝子、VT遺伝子、ST遺伝子、LT遺伝子、付着関連遺伝子のeaeA bfpA aggR afaD は保有していないが、EAST1 の遺伝子astA を保有していた。すべての分離菌株においてエンテロヘモリシン陽性であった。さらに、これらの分離菌株について、パルスフィールド・ゲル電気泳動法(PFGE)を用いた制限酵素Xba IによるDNA切断パターンの比較を行った結果、同一パターンを示した(図1)。

他の既知の下痢原性細菌およびウイルスが検出されなかったこと、すべての患者便から純培養状に分離されたこと、PFGE法による遺伝子解析においても同じパターンを示したこと、などから、本事例は大腸菌O6:H10(astA 保有)の関与が強く疑われた。

下痢原性大腸菌のうち、VTECやETEC、EIECについては病原性の解明やその毒素の免疫学的検査法も確立されているが、これら以外の細胞付着性大腸菌の確認試験である培養細胞に菌を付着させ観察する方法は非常に煩雑で、判定にも熟練を要することから日常検査には適さない。そこで簡便な検査法の一つとして付着や毒素に関連した遺伝子を標的としたPCR法が検討され、eaeA bfpA aggR 遺伝子の保有状況と血清型、細胞付着性などとの相関性が明らかにされつつある。しかしながら、astA については健康人由来の大腸菌からも高頻度に検出されることから、病原学的意義は不明である。本事例の大腸菌O6:H10については、他の未知の病原因子が関与しているのかもしれないが、少なくともastA の関与の有無を判別するためには、EAST1の簡易な免疫学的検査法の確立と普及が望まれる。

本事例のように、常に同じものを飲食している集団生活者の食中毒事件において、既知の病原因子を保有していない微生物が共通して検出される場合に備えて、同一集団の中の非発症者も比較対照として検査することが重要であると考える。

大分県衛生環境研究センター 緒方喜久代 成松浩志 鷲見悦子 内山静夫

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る