ホタルイカ生食による旋尾線虫幼虫移行症の発生動向、1995〜2003

(Vol.25 p 116-117)

ホタルイカと旋尾線虫X型幼虫

旋尾線虫幼虫移行症は、1974年に大鶴らによって初めて報告された、比較的新しいヒトの寄生虫感染症である。患者の食歴から感染源と思われる魚介類が調査され、得られた13種類の旋尾線虫幼虫の中でスケソウダラから分離された旋尾線虫X型幼虫が最も強い組織侵入性を示し、かつ断端構造がヒト寄生例と類似していたことから、原因寄生虫と考えられたが確証は得られなかった。本虫が寄生したホタルイカが感染源であると判明したのは、今から10年余り前のことである。1987年以降に発生した患者にホタルイカを生食した人が多いことに着目した安藤らはホタルイカの調査を行い、旋尾線虫X型幼虫がホタルイカの内臓に寄生していることを明らかにした(Ando et al., 1992)。さらに、患者の皮膚生検標本内から特徴ある尾端構造を持つ幼虫が証明され、本症の感染源が特定されるに至った(信崎ら、1994)。

旋尾線虫X型幼虫はホタルイカ以外にハタハタ、スルメイカ、スケソウダラなどの内臓からも検出されているが、内臓を生食する機会の多いホタルイカが感染源として最も重要だと考えられている。1994年に、内臓ごとホタルイカを生食するのは危険であるとマスメディアが報道した結果、翌年には患者の発生が激減し、本症も姿を消すかに思われた。ところがその後も散発的な症例報告は見られ、2000年6月には厚生省(当時)から「ホタルイカを生食するときは内臓を除去するか、−30℃で4日間あるいはそれと同等以上の殺虫能力を有する条件で凍結し、かつ消費者にそれを周知することを求める」通達も出された。

1994年までの症例集計については大滝ら(1997)の報告があるが、その後の発症については散発的な症例報告しかなく、全国的な発生動向を把握することが困難であった。そこで全国的な患者発生状況を把握するために、医学雑誌に発表された論文と感染症関連学会等で口頭発表された症例と、本症の血清抗体検査を実施している研究機関に寄せられた症例を解析した。なお、旋尾線虫幼虫移行症については長谷川(1999)の総説がある。

症例報告数からみた発生動向

1995年〜2003年までに発生し、学会発表を含めて報告された症例は49例である。これらの症例の推定原因食はホタルイカが45例、サバ1例(虫体が検出されており、注目される)、無記載3例である。これらの症例を詳細に検討すると、ホタルイカが凍結されずに出荷されていた1994年には19例発生しているが、業者の自主規制により凍結処理が実施された1995年の発生はわずか1例のみであった。しかし、1996年には4例、1997年には6例と増え、1999年には13例発生している。症状は腸閉塞24例、皮膚爬行23例、胃壁肥厚1例、肝臓表面寄生1例(司法解剖例)であり、腸閉塞が多くなっているとともに開腹手術施行も4例ある。ホタルイカ生食後から発症までの平均潜伏期間は腸閉塞では36時間、皮膚爬行では12日間である。生検および手術によって虫体の一部が検出されたのは49例中17例(皮膚爬行13例、腸閉塞3例、肝臓表面寄生1例)であるが、腸閉塞の治療法として手術をしないで保存的治療法が推奨されていることからすると検出率は高い。これは虫体が約9mmと長いことに起因すると思われる。性別では男37例、女6例、不明6例であり、年齢は1.5歳の幼児〜77歳までと幅広いが、40代(15例)、50代(16例)が特に多い。発生月は主にホタルイカの出荷時期にあたる3月〜6月であるが、中でも4月、5月に特に多い。患者の発生は秋田県から兵庫県に及ぶが北海道、四国、九州からの症例報告はない。

抗体検査依頼件数からみた発生動向

旋尾線虫X型幼虫に感染すると血清中に幼虫特異的な抗体が証明され(岡澤ら、1993)、これを利用した免疫血清学的検査がいくつかの研究機関で実施されている。1995年〜2003年に全国4機関(東医歯大、三重大、宮崎大、感染研)へ本症についての検査依頼があったのは 159症例(再検査分を含まず)であり、症状、病院所在地などの情報は主治医からの検査依頼票をもとに解析した。これらの症例の中にはホタルイカ等の生食歴はないが、鑑別診断のために抗体検査の依頼があったものを含んでおり、すべての例が旋尾線虫幼虫によるものではない。

検査依頼のあった病院所在地の都道府県別集計では東京(65例)、大阪(10例)、石川(10例)、神奈川(8例)、新潟(6例)と続き、ほぼ全国から検査依頼があった(図1)。年度ごとの抗体検査依頼件数と抗体陽性者数を図2に示す。年間の平均依頼件数は18検体であったが、2000年には40件の依頼があった。また、これらのうちで旋尾線虫X型幼虫に対する抗体が陽性と判断されたものは31症例であった。月別依頼件数では、記載のなかった3例をのぞいた 156例の集計で、5月(38件)と6月(34件)に全体の46%が集中し、ホタルイカの漁期にあたる3月〜6月の間に 102件(65%)の依頼があった(図3)。厚生省の通達後(2000年6月以降)に検査依頼のあったのは68例(44%)であり、うち12例でホタルイカの生食歴があったという。また、156例のうち男性は120例、女性は36例と男女比は3.3:1であった。年齢の記載のあった137例についてみると、1.5歳の女児〜87歳の女性まで広い層にわたっていたが、40代(23%)と50代(38%)で全体の6割を占めていた。

159症例のうち、皮膚爬行症を主訴として検査の依頼があったのは48例(30%)、腹痛などの腹部症状を呈したものは111例(70%)であった。また、腹部消化器症状出現後に皮膚爬行疹が出現した例は2例あった。

今後の課題

今回の調査で、ホタルイカ生食による旋尾線虫X型幼虫移行症はマスメディアによる報道や厚生省の通達にもかかわらず、疑診例を含めていまでも毎年のように発生していることが明らかになった。今後、生食用として販売するものについては、すべて凍結処理を徹底させる対策を取ることが患者発生をなくす上で重要であろう。

文 献
大鶴正満ら, 寄生虫誌 22: 105-115, 1974
Hasegawa H., Acta. Med. et Biologica. 26: 79-116, 1978
Ando K. et al., Jpn. J. Parasitol. 41: 384-389, 1992
信崎幹夫ら, 皮膚科臨床 36: 461-464, 1994
大滝倫子ら, 西日本皮膚 59: 598-600, 1997
長谷川英男, 日本における寄生虫学の研究 Vol.7, 511-520, 1999
岡澤孝雄ら, 北陸公衆衛誌 20, 71-76, 1993

東京医科歯科大学大学院国際環境寄生虫病学分野 赤尾信明
三重大学医学部医動物学教室 安藤勝彦
宮崎大学医学部寄生虫病学分野 中村(内山)ふくみ
国立感染症研究所寄生動物部 川中正憲

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