アニサキスとじんま疹

(Vol.25 p 119-120)

青魚じんま疹の本態

「背の青い魚を食べると、じんま疹が出る。」との話はよく耳にする。今までは、この原因として、1)魚肉そのものによるアレルギー反応、2)古くなった魚に生ずるヒスタミン類似物質に対する反応、の二つが挙げられてきた。しかし、患者に聞くと、当該の魚を食べると必ず発症するとは限らない。「疲れた時」、「体調が悪い時」と記憶しているようである。ソバアレルギーのように、知らずに食べても激烈な反応が「必ず」起きることと比較すると、ずいぶん曖昧な「アレルギー反応」である。また、古い魚を家族皆で食べても患者以外は何の反応も示さないことが多い。ヒスタミン類似物質による一種の毒物反応にしては、個体差が大きすぎる。このような疑問がもたれるのが「青魚(光り物)じんま疹」である。

これらの疑問を整理してくれたのが、一人のアニサキス症患者であった。彼女は、自ら調理した酢サバを食べ、2時間後に寒気、四肢の脱力、咳、呼吸困難、心悸亢進など、アナフィラキシー様症状を示した後、全身のじんま疹を経験した。その後、心窩部痛を訴えて受診し、アニサキス症を疑われ胃内視鏡検査を行い、虫体が摘出された。後日、この患者に皮内反応を行ったところ、サバを含む当夜食された食品に対してはすべて陰性であったが、アニサキスに対しては強い陽性を示した。この症例は、サバなどを食べアナフィラキシーやじんま疹を経験する患者群にアニサキス症そのものが存在することを証明してくれた。

アニサキス症はアニサキス・アレルギー症

アニサキス症は極めて激烈な症状で知られている。「麻薬をもってしても痛みを止められない」との記載も目にする。しかし、胃の集団健診でアニサキス幼虫が胃壁に穿入している場合が、時々報告される。もちろん、何の症状も伴っていない。このギャップは何であろう?この疑問を見事に瓦解してくれたのも別のアニサキス症患者である。この患者は、寿司を食べ、4日目に耐え難い腹痛を感じ入院した。諸検査の後、腸閉塞を伴うことから、急性腹症として開腹手術を受けた。腸の閉塞部分が摘出され、組織検査により、高度な好酸球の浸潤が見られた。穿入したと見られる部位に小さな穴を確認できたが、虫は居なかった。しかし、そこから1m先まで腸粘膜への好酸球の浸潤は続いた。発症時の保存血清を検査するとアニサキスAlaSTAT(特異IgE)が、陽性最高値を振り切っていた。特異IgEの上昇と局所の高度な好酸球の浸潤は、アレルギー症を意味する。さらに、無感作の状態では何ら症状を示さないのもアレルギー反応のもう一つの側面である。健診で見いだされるアニサキス感染は、初回あるいはくり返しの少ない時期と考えれば、無反応・無症状であっても何ら矛盾しない。アニサキス症は、アニサキスにもぐり込まれて起こる病気ではない。アニサキス・アレルギー症に他ならない。健診の例とこの症例はそう教えてくれた。こうした事実と考察に立脚するなら、アニサキス症の初期診断にアニサキス特異IgEの測定を、その治療にアレルギー疾患治療法を導入することは理にかなっている。

アニサキス抗原の特徴

アニサキス抗原は幼虫全体から抽出する虫体抗原と、生きた幼虫を生理食塩水などの中で培養して得られるES(excretory/secretary)抗原の二種類が利用される。前者は収量が多い代わりに他の幼線虫との交差反応性が高い。市販のアニサキス特異IgE測定法では、RAST(ファルマシア)が前者を、AlaSTAT(DPC)が後者を使用している。いずれも電気泳動/ウエスタンブロット後、患者血清による免疫染色を行うと多数のバンドが認められる。

アレルゲンとなりやすい分子量2万以下とそれ以上に分けて熱耐性(100℃、15分)を見ると、前者は易熱性で、熱処理で抗原の強度が有意に減じた。しかし、消滅はしなかった。後者は耐熱性であった1)。ここで重要なのは、これまで生きたアニサキスとの直接関係で、じんま疹やアナフィラキシーを論じてきたが、抗原そのものでもこうしたアレルギー反応が起こりうるということである。すなわち完全に加熱処理し、アニサキス症の可能性がゼロであっても、耐熱性のアレルゲンが食品の中に残る可能性がある。魚肉に関連のある食品によるじんま疹等のアレルギー症状に、この抗原の関与が注目される。

特異抗原の分析は、嶋倉らが精力的に行い、そのDNA 塩基配列まで決定した2)。

「アニサキス関連疾患」

以上のように、アニサキスに関連する疾患の本態はアレルギー反応であり、アニサキス症の激烈な症状にのみとらわれず、「アニサキス・アレルギー症」もしくは「アニサキス関連疾患」とまとめた方が統一的理解を得られる。共通項はアニサキス特異IgEの上昇である。具体的には、胃アニサキス症、腸アニサキス症、アニサキスじんま疹、アニサキスアナフィラキシー、魚介類摂取と関連する腹痛などが含まれる。表1にそれぞれの患者群の特異IgEの陽性率を示した1)。治療は、急性の場合はステロイド剤、慢性の場合は抗アレルギー/抗ロイコトリエン剤、抗ヒスタミン剤。もちろん、抗原の除去(内視鏡による虫体摘出など)はすべてに勝る治療法であることに変わりはない。

 文 献
1)粕谷志郎, 他, アレルギー 41:106-110, 1992
2)Shimakura, K. et al., Molecul. & Biochem. Parasitol. 135: 69-75, 2004

岐阜大学地域科学部 粕谷志郎

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