在日外国人固有の食習慣に起因する肺吸虫症

(Vol.25 p 121-122)

肺吸虫症は典型的な食品媒介寄生蠕虫症であるが、わが国におけるヒトへの感染経路としてはモクズガニやサワガニ等に寄生する感染幼虫(メタセルカリア)の経口摂取と、イノシシの筋肉中に潜む未成熟虫の経口摂取とがある。肺吸虫症発生の疫学的要因として、かつては淡水カニを摂食する習慣を背景とした流行地が全国各地に存在した。しかし、これらの流行地に関しては、全体的な食生活の改善と感染源の啓発を伴うコントロール事業の成功により、1970年代までに患者数が激減した。従って、近年の肺吸虫症発生事例の多くは、主として九州地方での狩猟者におけるイノシシ肉の生食習慣が関与しているか1)、あるいは散発的、偶発的に行われる淡水カニの摂食によるものであった。このようなわが国での肺吸虫症発生状況のなかで、最近、日本に長期滞在する在日外国人が、サワガニやモクズガニを用いた出身地固有の非加熱調理法によって肺吸虫に感染する事例が目立ってきている。食習慣に起因する肺吸虫症としては、新しい傾向であると思われるので以下に報告する。

1995年〜2002年の8年間に国立感染症研究所・寄生動物部へ検査依頼がなされた患者血清のうち、酵素抗体法などによって肺吸虫症が強く疑われたものは76例であった。このうち、在日外国人の検査陽性例は、表1に示すように23例(30%)にのぼる。出身国は、韓国10例、タイ8例、中国4例、ラオス1例であった。性別は女性が圧倒的多数で20例、男性は3例であった。年齢は27歳〜58歳までで、平均が37歳であった。集団感染例は1995年のタイ人の3名と、1997年の韓国人2名の場合がある。1例を除いて呼吸器症状があり、23例中11例に胸水貯留が認められている。またデータの得られたほとんどの症例で、末梢血好酸球増多と血清総IgEの上昇が認められた。

担当医師によるコンサルテーションによれば、1名を除いて22名に関しては淡水カニの非加熱摂取歴があり、これを媒介とした感染幼虫の摂取によって肺吸虫に感染したと考えられる。ここで興味深いことは、これらの在日外国人が各々に、日本においてサワガニあるいはモクズガニを用いた母国料理をつくり、それを喫食して肺吸虫に感染していると推定されることである。タイでは、淡水産・汽水産のカニを生きたまま塩漬けまたは醤油漬けにし、これを砕いてパパイヤの千切りに混ぜて食べる「ソムタムプー」といわれるサラダが広く賞味されている。今回報告したタイ人の1症例(No.21)については、腹腔から虫体が検出されたがその形態と塩基配列により宮崎肺吸虫と同定された。このケースでは日本産のサワガニを「ソムタムプー」の材料として用いていた2)。また、韓国では淡水カニを短時間の醤油(魚醤)漬けで調理する料理があり、中国では「酔蟹」などの非加熱調理法は広く普及している。小原ら(2002)は、最近1998〜2002年の期間で、こうした在日中国人の感染者12症例を報告している3)。在日外国人が、出身地での食習慣をそのまま日本へ持ち込んだ結果として肺吸虫に感染したと推定される事例の他に、飲食をともにすることで日本人も肺吸虫に感染するケースも出ている。このような外来料理を介した食品由来寄生蠕虫症の危険性について注意を喚起したい。

 文 献
1)川中正憲, 他, Clin. Parasitol. 9: 24-26, 1998
2)杉山 広,他, Clin. Parasitol. 14: 57-60, 2003
3)小原章央,他, Clin. Parasitol. 13: 136-138, 2002

国立感染症研究所寄生動物部 川中正憲 荒川京子 森嶋康之 杉山 広

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