わが国の母子感染によるHIV/AIDSの現状

(Vol.25 p 171-173)

はじめに

わが国の母子感染によるHIV感染者・AIDS患者の最新の累積数は、厚生労働省エイズ動向委員会報告・感染経路別の項目(http://api-net.jfap.or.jp/mhw/survey/mhw_survey.htm)で閲覧できる。一方、私どもは全国の小児科診療施設に対する継続的な疫学アンケート調査*を行うことによって、HIV感染妊婦から出生した小児全体に関する情報を収集してきた。その結果、2003(平成15)年末現在、わが国のHIV 陽性女性から出生した児の累積数は221例であり、内訳は感染35例(推定捕捉率は76%)、非感染158例、未確定不明28例であることがわかった。

HIV感染妊婦より出生した児の実態調査の概要

(1)年次別出生数と児の感染状況(表1):1984年に初めての出生があり、1992年までの出生数は年間1ないし5であった。1993〜1997年は10から19、1998年以降は20と増加傾向にあるが、後述する予防対策**によって、年次ごとの感染児数は1995年の7をピークに減少傾向にあり、2001年以降は0である。

(2)地域別出生数:ブロック別で関東甲信越・東海・近畿の順に集中し、次いで九州・外国に分布している。北海道4例、東北8例、北陸3例と中四国1例であり、報告0のブロックは存在しないが、中四国・九州ブロックには報告0県が多い。

(3)年次別母子感染予防対策と効果(表2-1表2-2 ):分娩方法と母児への抗ウイルス薬投与の別によって感染率を比較した。予定帝王切開は158例中4例<母児とも投薬あり106例中1例(0.9%)、母児とも投薬なし23例中1例(4.3%)、母のみ投薬12例中1例(8.3%)、児のみ投薬8例中0(0%)、不明9例中1例(11%)>であった。緊急帝王切開は15例中4例(27%)<母児とも投薬なし4>、経膣42例中22例(52%)<母児ともなし21、不明1>、様式不明6例中5例(83%)<母児ともなし4、不明1>であった。

(4)非感染児が周生期に受けた抗ウイルス治療(ART)の短長期的影響について:母子感染予防に用いられた核酸系逆転写酵素阻害剤によるミトコンドリア機能障害が欧州から報告されていることから、非感染と診断された児の成長過程を調査した。母体妊娠中ART について23例で記載があり、AZT群6例に有害事象はなかったが、HAART群17例には突然死が2例あった;生後2カ月と3カ月であり、どちらも急変して病院搬入された時は既に心肺停止であり、かつ剖検が得られず詳細な死因が不明であった。

(5)感染児35例のまとめ(表3):感染児が医療機関を初診した時の年齢別症状発現率は、0歳16例中9例(56%)、1歳4例中2例(50%)、2歳7例中5例(71%)、4歳1例中1例(100%)、5歳3例中2例(67%)、6歳1例中0例(0%)、7歳2例中1例(50%)、11歳1例中1例(100%)であった。症状には年齢特異性がみられ、3歳未満では呼吸器障害が8例と多く、他に歩行障害2例、体重増加不良2例、肝脾腫・カンジダ症・肝機能障害・被虐待が各1例であった。4歳以上では耳下腺腫脹2例、カンジダ症・帯状疱疹・呼吸障害が各1例であった。

3歳未満の呼吸器障害8例の予後は不良で、7例までがAIDSまたは死亡となった。歩行障害の2例も1例はAIDSになり、1例はHAARTを受けたが死亡した。一方、5歳以上の7例中5例はHAARTが奏効し、免疫能が維持されている。

HAARTが実施された10例の組合せは(AZT or d4T)+ 3TC+ NFVが5例、(AZT or d4T)+ 3TC + LPV/rが4例、d4T+ ABC+ LPV/rが1例であった。

HAARTの応用によって小児HIV/AIDSが慢性疾患として管理されるようになったことから、今後は服薬の長期毒性、耐性ウイルス出現、性教育、告知などさらなる問題の出現が予想される。

*平成15年度厚生労働省エイズ対策研究事業「HIV 感染妊婦の早期診断と治療および母子感染予防に関する基礎的・臨床的研究」班(主任研究者:稲葉憲之)の分担研究「HIV感染妊婦より出生した児の実態調査とその解析」班(分担研究者:外川正生)による。

**HIV母子感染予防対策マニュアルは財団法人エイズ予防財団のホームページ:エイズ予防情報ネット(http://api-net.jfap.or.jp/)内の「資料室」からダウンロードできる。

大阪市立総合医療センター小児内科 外川正生

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