HIVサブタイプの最新分類とその世界分布

(Vol.25 p 175-177)

1.HIVのサブタイプ分類

HIV(ヒト免疫不全ウイルス, Human immunodeficiency virus)のサブタイプ分類は、ウイルスの起源、伝播、流行の成り立ちを探る上で重要な手掛かりとなる。近年、世界の様々な流行地に分布するHIV株の塩基配列情報が急速に蓄積し、また簡便で優れたデータ解析技術が開発された結果、新たなサブタイプやサブタイプ間の多様な組換え型ウイルスが数多く見い出されている。本稿では、このような近年の研究の進展に基づくサブタイプの最新の分類基準とその世界分布について解説したいと考える。

HIVは血清学的・遺伝学的性状から、HIV-1(HIVタイプ1)とHIV-2(HIVタイプ2)とに大別される。現在のAIDSの世界流行の主要な原因となっているHIV-1は、グループM(MainあるいはMajor,主系統)、グループN(new、新型、あるいはnon-M/non-N、非M/非N)、O(Outlier、分類外)の3群に分類される。なかでもHIV-1グループMは世界流行を形成している最も重要なウイルス群である。HIV-1グループMに属する流行株は、遺伝学的系統関係からさらにサブタイプA1、A2、B、C、D、F1、F2、G、H、J、Kの11種のサブタイプおよびサブサブタイプと、それらサブタイプ間の15種の組換え型流行株(CRF, circulating recombinant form)に分類される(図1)。なお、サブタイプB'(Bプライム)は、東南アジア地域の薬物乱用者(injecting drug user, IDU)の間に分布する重要なウイルスバリアントで、欧米に広く分布する典型的なサブタイプBと系統樹上明確に区別されるクラスターを形成することから、通常の欧米型サブタイプB と区別して、サブタイプB'(サブタイプBのタイ型バリアントあるいはタイB型ウイルス)と呼ばれる。サブサブタイプとしては認められていないが、アジア地域の流行に重要な役割をもつHIV-1バリアントであることから図1に加えた。

2.HIV-1サブタイプ、CRFの世界分布

AIDSの世界流行の最も主要な原因であるHIV-1グループMは、世界中に播種しているが、グループOはカメルーン、ガボンで少数の感染者が、またグループNはカメルーンで極少数の感染者が同定されているにすぎない。HIV-2およびHIV-1の各グループ・サブタイプおよびCRF の分布は図1図2表1に示す。中央アフリカ地域には、播種した地域で新生したCRF を除き、あらゆる種類のウイルスサブタイプ・CRFが分布する。この地域がAIDS流行の起源地であることを示す証拠の一つである。

特定のサブタイプ・CRFが、地域的にあるいは同一地域においてもリスク集団ごとに遍在しているケースが、多くの例でみられる。例えば、HIV-1サブタイプBは、欧米における流行の最も主要なウイルス株であり、わが国でも、男性同性愛者や非加熱血液製剤の導入以前に不幸にして感染した血友病患者にみられるウイルスはほぼ例外なくサブタイプB感染者である。しかし、世界的規模でみた場合、サブタイプBは必ずしも主要なウイルスサブタイプではない。特に起源地と考えられるアフリカでは、むしろ稀なウイルスサブタイプである。その分布をみると、特に北米で、その遍在が著しい(図2)。また、一方、1988〜89年に始まったタイにおける流行では(少なくとも流行の初期には)、CRF01_AE(従来サブタイプEとよばれていたもの)とサブタイプB'のそれぞれが、売春婦と注射薬物乱用者との間で比較的独立して見られることが指摘されている。このようなサブタイプ分布にみられる地域/リスク集団内の遍在傾向は、一種のファウンダ−効果(Founder effect)によるものと考えられている。ある地域にHIVの感染が急速に拡大しやすい集団(注射薬物乱用者や売春婦、同性愛者など)が存在する場合、その集団にたまたまあるサブタイプのウイルスが持ち込まれたとき、最初に入ったウイルス種が急速に集団に分布する最も主要なウイルス種となる。これがファウンダー効果とよばれるものである。1970年代後半より北米・欧米へと拡大したサブタイプBは、男性同性愛者集団での流行のファウンダーとなり、それがさらに異性間性的接触や注射装置の共用・回し打ち(needle sharing)により、欧米全体のIDUに広く拡がったものと考えられる。タイにおいても、同様なメカニズムによって、たまたま同時期の2つの異なるウイルスサブタイプが、異なるリスク集団に持ち込まれ、それら2つの流行が比較的独立して進行したと考えられる。

わが国では、HIV感染者の約75%がサブタイプBで、約20%がCRF01_AE、残り数%がサブタイプC、F、A、Dである(図2)。サブタイプBは、非加熱血液製剤によるいわゆる「薬害エイズ」患者や、男性同性愛患者に分布している。異性間の性的接触による感染者の間では、サブタイプBとのCRF01_AEが多く見られる。1990年代に入るまで、わが国の感染者はほとんど例外なく欧米に広く分布するサブタイプB であったが、1991〜92年以降CRF01_AEが主に性感染のルートを介して拡がりつつある。

一方、HIV-1が世界の各地に分布するのに対し、HIV-2は主に西アフリカ地域に限局した流行を形成している。HIV-2はHIV-1に比べ、病原性や感染性が低く、このことがHIV-2流行を限局的なものとする原因となっていると考えられている。HIV-2はサブタイプA〜Gの7サブタイプに分類されるが、この中でヒト集団に広く分布しているのがサブタイプAとBである。サブタイプAは西アフリカでもその西部地域(ギニアビサウ、セネガル、ガンビア、マリなど)、サブタイプBはコートジボワール、ガーナ、ナイジェリアなど西アフリカの中・東部地域に分布している。西アフリカ以外ではポルトガル、スペインに多数の感染者が見い出される他、ドイツ、フランス、スウェーデン、イギリス、米国に散発例が見られる。アジアではインド西岸地域(ボンベイ、ゴア)に侵淫地域が知られている(表1)。東アジアでは韓国でこれまでに9例の感染例が報告されている。わが国では、最近日本に長期に在住していた韓国人男性にHIV-2サブタイプB感染例が報告された。なお、わが国では、1996年に血清学的にHIV-2感染が確認された韓国人男性例(HIV-2感染の確認のためわが国を訪れたケース)が知られている。

3.おわりに

HIVサブタイプ分類は、ウイルスの起源、伝播の経路、流行形成のメカニズム、in vivoでのpathogenesisを解明する上で強力な武器となっている。とりわけ、塩基配列情報の加速度的な蓄積によって、世界流行がいかにして形成されてきたかについて、詳細な解明が進んでいる。しかし一方、HIVの遺伝学的な系統関係に基づく遺伝子型(サブタイプ)分類が、生物学的にみてどのような意味があるのかに関しては、依然不明な点が多い。また、最近の中国における薬物乱用者の間の流行に代表されるように、組換えウイルスが、世界流行を駆動する重要な要因になりつつあるが、組み換えウイルスがその母体となるウイルスに比べ、果たしてどのような優位性があるのか明らかではない。今後この方面での研究の進展が期待されよう。

国立感染症研究所エイズ研究センター 武部 豊

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