世界のHIV/AIDSの流行格差の要因の分析

(Vol.25 p 177-179)

HIV/AIDSについてはすでに国際的にかなりの疫学情報が収集されている。そして、これらによる流行パターンの比較から複数の観察がなされており、それぞれについて病因疫学的には一応の解説がなされている。しかしながら、さらに病因論的研究と社会文化的要因研究とが統合された形で十分に感染リスク要因が検討されるには至っていないと思われる。本研究では、現在の世界的な流行を単に成人の感染率のみによってではなく、流行には社会的、文化的背景が関与している構造の存在が考えられるので、流行の構造をパターン化して捉えることを試みる。

今回利用した資料は、UNAIDS(2000年)、the CIA World Fact Book(2001年)、World Bank(2001年)のデータベースである。国別感染者率、成人感染者率、女性感染者率、小児感染者率、感染者率男女性比、感染小児割合、AIDS死亡率について世界 130カ国のデータを利用した。感染の構造をパターン化して捉えるために、重回帰分析、主成分分析を行い、感染者率(人口千対)と感染者率男女性比(%:男/女)を選び分析に用いた。なお、感染者率は正しくは感染者割合というべきであるが、慣例に従って、感染者率と記した。また、感染者率男女性比は男女性比とした。

世界の流行パターンは地域によって著しく異なっている。今回はヨーロッパ・北アメリカを除いた、サブサハラアフリカ、アジア、中南米に分けて3つのパターンについて分析を行っていくことにした。この3地域においてもAIDSの感染について大きな格差があるので、3地域についてそれぞれグラフを作成した。

図1において、縦軸は感染者率(人口千対)、横軸は男女性比(%:男/女)である。縦軸の感染者率は、アジアはアフリカの8分の1、中南米はアジアの2分の1とグラフのスケールが全く異なる。どの地域についても、右下がりの傾向、つまり、男女性比が小さく、女性の感染者率が比較的大きな国では全体の感染者率が高く、逆に男性の感染者率が比較的大きな国では全体の感染者率が低い傾向が見られた。

アジアのグラフにおいて、感染者率の高い国3つの国は、タイ、ミャンマー、カンボジアで、これらはいずれも仏教国であり、地理的に近接する3国である。アジアには、男女性比が100%以下の国はなかった。つまり、男性より女性の感染者率が高い国はなく、男性の感染者率が圧倒的に高い国(マレーシア)があった。

中南米のグラフでは、アメリカでの初期の流行のような形がみられ、感染者率が高くなると男女性比は低下する傾向がみられた。これは流行が一般の集団に拡大化してくるためと思われる。この相関関係は統計的に有意であり、r=0.79という高相関であった。アジアと同様に男女性比が100%を割る国はなく、すべての国で圧倒的に男が多くなっていた。感染者率の高い国は、ホンジュラス、パナマ、グアテマラであり、中米に集中している。中南米の国はすべてカトリックの国で宗教的に差異はない。

一方、アフリカのグラフからは、男女性比の高いモーリシャスとエリトリアを除いた国がほぼ一列に集中していることが分かる。モーリシャスとエリトリアの男女性比は400、300と高く、感染者率は0.18、0.99と低い、アフリカの中では特殊なパターンを示している。他の国の男女性比は100%以下で、女性の感染者率が高い。感染者率が100を超える国はボツワナ、ジンバブエ、レソト、南アフリカの4カ国で、これらは大陸南部に近接して存在する。感染者率が90〜100の国はナミビア、ザンビアで、これらも南部の国で、上記の4カ国に近接している。象牙海岸北側は比較的感染率が低い国が多かった。アフリカについては、以下、詳しく分析を行った。

アフリカの中でAIDSについてのデータの得られた37カ国は、サブサハラアフリカ諸国である。今回はその37カ国について、旧宗主国との関連、宗教、男性の初等教育就学率、女性の初等教育就学率、経済格差(Gini係数)、国の保健医療費、一人当りGNP 、人口密度、都市人口、ODAとの関連を分析した。

旧宗主国によって分類を行うと、イギリス(15カ国)、フランス(15カ国)、ベルギー(2カ国)、イタリア(2カ国)、ポルトガル(3カ国)に分かれた。南部にイギリス領が広がり、象牙海岸側にフランス領が広がっている。ルワンダ、ブルンジがベルギー領であり、モザンビーク、ナミビア、ギニアビサウがポルトガル領、エリトリア、エチオピアがイタリア領であった。宗主国によって生じる特徴として「言語」と「法」が挙げられる。残念ながら、今回は法については調査できていない。言語の違いは人々の動きと関係し、同一言語圏内での人の動きが容易であり、大きくなると考えられる。

宗教については、明確に一つの宗教のみに統一されている国は少なかったが、もっとも優勢な宗教によって、イスラム教が優勢な国、キリスト教が優勢な国、伝統的な宗教が優勢な国の3つに分類した。その結果、旧フランス系の国々は大部分がイスラム化しており、旧イギリス系の国々はキリスト教あるいは伝統宗教が中心となっていることが分かった。

女性の初等教育就学率、経済格差(Gini係数)、保健医療費、一人当りGNP、人口密度、都市人口、ODAについては、感染者率との単相関とstep-wiseF値による減少法による重回帰分析を行った。まず、単相関については、国の保健医療費、一人当りGNP、男性の初等教育就学率、女性の初等教育就学率との間に有意な相関関係が見られた。重回帰分析で、最後に残るのは、女性の初等教育就学率であった。

以上のことを総合すると、旧イギリス系の国々(アフリカ南部)、キリスト教が優勢な近接した地域での感染者の割合が圧倒的に高く、旧フランス系で現在イスラム教が優勢な国々では低い。象牙海岸地域では、ほとんどの国ではイスラム教優勢であるのに、もっとも感染者率の高いコートジボワールだけがキリスト教優勢である。以上の諸点から、地理的に近接している同一言語圏内では人の移動が容易であるために頻度が高くなりやすいこと、イスラム教はその性格から確かに感染頻度を抑える効果をもっていることを示している。おそらくはHIVのタイプの違い(タイプ1と2)もあると思われるが、感染拡大については背景となる地理的、文化的要因を考える必要がある。

経済格差(Gini係数)、保健医療費、一人当りGNP、人口密度、都市人口、ODAについては、感染との因果関係を把握するのが困難であり、今回扱った宗主国や地理的条件の方によって吸収されてしまうもの、感染の拡大の結果となっているもの等があると思われる。今後、扱い方を検討する必要がある。

いずれの地域でも、感染者の割合が上位の国々は地理的に近接している。一方、社会的要因としてのGNPや教育程度、国内の経済格差などとの関連がみられたものの、どのように作用しているのかを検討するためには要因間の構造を探る必要があり、さらに進めていきたい。

順天堂大学医学部公衆衛生学教室 丸井英二 坂本なほ子
財団法人エイズ予防財団 島尾忠男

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