ヒトコロナウイルス(HCoV)では、これまでHCoV-229E、HCoV-OC43、およびsevere acute respiratory syndrome-associated HCoVの3つの株が知られていた。ところが本年、オランダのvan der Hoekらは、小児呼吸器感染症患者よりこれまで知られていなかった新しいHCoVを分離し、HCoV-NL63と名付けた1)。
今回我々は、小児呼吸器感染症患者から採取した検体のうち、通常の急性呼吸器感染症(ARI)の起因ウイルスが分離されなかった検体より、RT-PCR法によりHCoV-NL63の検出を試み、複数の検体から本邦初となる同ウイルスの検出に成功したので報告する。
材料と方法:2003年1月〜12月までに、ARI症状を呈して仙台医療センター小児科を受診した患者より採取し、マイクロプレート法によるウイルス分離を試みた 600検体のうち、分離陰性だった412件の中からさらに無作為に選んだ189検体について、ランダムプライマーでRT反応を行った後、van der Hoekらの公表しているHCoV-NL63ウイルスの1b遺伝子を検出するためのプライマー1)を用い、PCRにより同遺伝子の検出を試みた。1回のPCRによる遺伝子増幅産物をアガロースゲルで電気泳動し、目的の分子量の位置のみに強いバンドが出たものを暫定的に遺伝子検出陽性とし、その後陽性産物は、ダイレクトシークエンシング法により塩基配列を決定し、それによって遺伝子検出の最終確認とした。
結果と考察:2003年1年間の当院小児科由来の 600検体のうち、 188検体からウイルスが分離されている(内訳:インフルエンザウイルスが 119、アデノウイルスが32、RSウイルスが19、パラインフルエンザウイルスが9、その他のウイルスが9)。これらのウイルスが分離されなかったうちで解析対象となった189検体の中の5つの検体からHCoV-NL63ウイルスの1b遺伝子特異的バンドが検出された。それらの増幅産物について塩基配列を調べたところ、すべてがオランダの発見者たちから公表されている同ウイルス1b遺伝子と99%以上の相同性が確認された。現在、同ウイルスの分離の試みを開始しているところである。
以上、本邦でもHCoV-NL63ウイルスの感染があることが、初めて明らかにされた。通常のウイルス分離で分離陰性だった検体という制約はあるものの、同ウイルスの検出頻度は、単純に1年を通して5/189(約2.6%)であった。今回nested-PCRは行っていないことも考えあわせれば、同ウイルスの実際の侵淫頻度はそれより高いと思われ、同ウイルス感染症がそう稀有な感染症ではないことが示唆された。
検出は、4例が1月中旬〜2月上旬にかけての検体であり、臨床診断名は、急性上気道炎4例、喘息様気管支炎が1例であった。本邦におけるHCoV-NL63感染症の臨床像、真の疫学像は、今後の解析にかかっている。
文 献
1)van der Hoek L et al., Identification of a new human coronavirus, Nature Medicine 10, 368-73, 2004.
国立病院機構仙台医療センター・ウイルスセンター
鈴木 陽 渡邉王志 岡本道子 近江 彰 千葉ふみ子 伊藤洋子 田中 泉 西村秀一
秋田大学医学部医学科3年次 落合綾香 森川和貴子