2003年11月、長崎市内のレストランの昼食が原因と推定されたノロウイルスによる食中毒事例が発生したのでその概要を報告する。
2003年11月19日夜、長崎市方面を修学旅行で訪れた3校の生徒、教師が食中毒様の症状を呈しているとの通報が長崎市保健所にあった。調査の結果、長崎県内に修学旅行およびツアー旅行に来た10団体(北海道、愛知県、大阪府、福岡県、熊本県、鹿児島県など)1,477名が11月18日と19日の両日に長崎市内のレストランで提供された昼食を喫食し、そのうち790名が、嘔吐、下痢、発熱を主症状とする食中毒になっていたことが判明した。18日の発病率72%、平均潜伏時間30.1時間、19日の発病率25%、平均潜伏時間33.1時間であった。
このため、レストラン従業員便10検体および11月15日〜19日までの検食58検体、食材9検体、レストランのふきとり29検体について細菌およびウイルス検査を行った。なお、ノロウイルス検査については、2001(平成13)年11月16日の厚生労働省通知「NLVのRT-PCRについて」に準じて実施した。
便は、約1gを採りPBS(-)を加えて10%乳剤とし、3,000回転20分遠心した。さらに上清1mlを10,000回転20分遠心し、その上清を取り、QIAamp Viral RNA Miniキット(QIAGEN)を使用してRNAを抽出した。食品はPBS(-)を加えて10%乳剤を作り、10,000回転20分遠心し、得られた上清をさらに40,000回転2時間超遠心し、その沈殿物からRNAを抽出した。またふきとりは、10cm四方を滅菌綿棒でふきとり10mlの滅菌生理食塩水で溶解したものを、食品と同様に抽出した。
次に、DNaseI処理、Super Script IIRTにより逆転写を行った後cDNAを合成し、genogroup(G)IでCOG1F/COG1RおよびG1SKF/G1SKR、GIIでCOG2F/COG2RおよびG2SKF/G2SKRを用いてPCRを行った。また、MinElute Gel Extraction Kitを使用してDNAを抽出し、固定化、プレート洗浄を行った後、RING1(a.b)とRING2-Plateプローブを用いたマイクロプレート・ハイブリダイゼーションを、長崎県衛生公害研究所の指導助言を受けて実施した。
この結果、レストラン従業員便5検体から1st PCRで、盛付台のふきとり1検体からNested PCRでノロウイルス(NV)遺伝子が検出された。また、他都市で検出された小学校3校、中学校2校、高校2校の患者便47検体から検出されたNV遺伝子のPCR産物についてのシークエンスを、国立感染症研究所感染症情報センター・西尾治先生、福岡市環境局保健環境研究所・山俊治先生および北海道立衛生研究所・吉澄志摩先生が実施した結果、すべてのウイルス株は、Lordsdale 株を基準として5089-5366の位置に相当する278bpの塩基配列が100%一致し、NV GII Mexico株に最も近いものであった。このことから、今回の食中毒事例は、単一のウイルス株が原因で発生したことが明らかとなった。
一方、検食および食材からはNV遺伝子は検出されず、貝類では、輸入アケ貝が一部使用されていたが、カキは料理には使用されていなかった。また、同時に実施した細菌検査では、食中毒の原因と推定される病原細菌は検出されなかった。
このような検査結果から、原因究明委員会(委員長:中込治・長崎大学医学部教授)では、「食品からNV遺伝子が検出されなかったことから、食材に起因する食中毒ではなく、調理従事者および調理の盛り付け台からウイルスが検出されたことから、調理の過程で複数の食品等を汚染した結果による食中毒である。」とする結論に達した。
本事例は、カキを喫食していないNVによる食中毒であること、事件の発生が修学旅行および観光ツアー客が多く利用する施設であったことから有症者が700名に達する大規模な特異な事例となった。本事例の詳細な感染経路の解明が急がれるとともに、それに基づく今後の発生防止対策の確立が急務である。
今回の食中毒事例は患者が広域で発生したことから、多くの自治体(長崎県、福岡市、熊本県、熊本市、鹿児島県、北海道、愛知県)の関係者各位に患者発生状況等調査の協力を頂き感謝致します。さらに、全面的な協力と御指導を頂いた国立感染症研究所感染症情報センターの西尾治先生、長崎県衛生公害研究所の原健志衛生微生物科長および研究員の方々に深謝いたします。また、本事例の患者便について検査して頂いた熊本県保健環境科学研究所・原田誠也先生、熊本市環境総合研究所・新屋拓郎先生、鹿児島県環境保健センター・新川奈緒美先生にお礼申し上げます。
長崎市保健環境試験所細菌血清検査係
飯田國洋 東根秀明 海部春樹 植木信介 江原裕子