東アジア地域で分離されるエンテロウイルス71型の分子疫学

(Vol.25 p 228-229)

はじめに:エンテロウイルス71型(EV71)は、手足口病の主要な原因ウイルスのひとつであり、分子系統解析に基づくエンテロウイルス分類によると、コクサッキーA16型、コクサッキーA10型などコクサッキーA群ウイルス(CAV)の一部とともにA群エンテロウイルス(species Human enterovirus A ; HEV-A)に属する。EV71以外のHEV-Aは、手足口病やヘルパンギーナ等、ありふれた予後の良いエンテロウイルス感染症の起因ウイルスであるが、EV71は、ときとして重篤な中枢神経疾患の原因となることが知られている。東アジア地域では、近年、マレーシア、台湾等において、EV71による大規模な手足口病流行時に小児の急性死症例が多発し、大きな社会問題となった。その後、急性死症例の多くがEV71の中枢神経感染によるEV71脳炎であることが明らかとなり、日本を含めた東アジア地域におけるEV71感染症のひろがりと重篤化の要因について注目が集まっている。

EV71の分子系統解析:エンテロウイルス標準株と臨床分離株の塩基配列情報の集積にともない、遺伝子解析によるエンテロウイルスの同定が日常的に行われるようになり、また、流行株の伝播様態を知るうえで分子系統解析が汎用されている。カプシド領域の配列を用いた遺伝子解析が血清型との相関性に優れているとされており、なかでもVP4あるいはVP1領域を用いた遺伝子解析結果が多く報告されている。

東アジア地域におけるEV71感染症の流行を受けて、VP4あるいはVP1領域を用いたEV71の分子系統解析が近年多数報告された。我々は、1997〜1998年にマレーシアおよび台湾で分離されたEV71分離株のVP4/VP2領域による分子系統解析を行い、EV71標準株であるBrCr株を除くと、大きく2種類の遺伝子型(VP4-genotypeAおよびB)に分けられることを報告した1)。Brownらは、主としてアメリカのEV71臨床分離株のVP1 遺伝子に基づく系統解析により、BrCr(VP1-genogroup A)と2種類の遺伝子型(VP1-genogroup BおよびC)が存在することを報告した2)。その後、McMinnらは、マレーシア、シンガポールおよびオーストラリアを中心としたEV71臨床分離株のVP1遺伝子の系統解析を行い、2種類の遺伝子型のEV71(VP1-genogroup BおよびC)が東アジアの手足口病および中枢神経疾患の流行に関与していることを確認した3)。当初我々が報告したVP4遺伝子解析によるEV71遺伝子型は、VP1遺伝子解析による遺伝子型と高い相関性を示していた。しかし、命名法による混乱を避けるために、VP4遺伝子型においても、VP1と対応した遺伝子型名を採用することとし、VP1遺伝子型に対応した新たなVP4遺伝子型の命名法について最近報告した4)。表1にEV71遺伝子型(genogroup/subgenogroup)および各遺伝子型の標準株(できるだけ古い分離株)を示した。既知の分離株との詳細な分子系統関係を解析する場合はVP1全領域を解析することが望ましいが、通常の遺伝子型別であれば、VP4領域の解析で十分であり、エンテロウイルス汎用プライマー(EVP-4, OL68-1等)を用いたRT-PCRおよび塩基配列解析により、EV71の同定と遺伝子型別を同時に行うことが可能である。

東アジアで流行しているEV71の遺伝子型図1にVP1領域を用いたEV71分離株の分子系統解析結果の概略を示した。近年東アジアでは、genogroup BおよびCのEV71が同時に伝播しており、マレーシア、台湾、日本を含めた多くの地域で、2種類のgenogroupが混在している。それぞれのgenogroupをより詳細に分類したsubgenogroup(B1、B2、B3、B4およびC1、C2、C3、C4)の分布によると、1990年代後半以降、genogroup B3およびB4、また、genogroup C1およびC2が、東アジアの多くの地域で分離されている。1997年のマレーシア、および1998年の台湾におけるEV71脳炎をともなう手足口病流行においては、それぞれ、genogroup B3およびgenogroup C2が主要な流行株であった。日本では、1970年代〜2000年代にかけて、genogroup C3を除く、ほぼすべてのgenogroupのEV71が分離されているが、最近多く分離される遺伝子型は、genogroup B4およびgenogroup C2である。

このように、EV71感染症に対するサーベイランスおよび実験室診断体制が確立した地域からは、多様な遺伝子型を有し、かつ、他の東アジア地域で分離されるウイルスと分子疫学的関連性の高いEV71が多く分離されている。他のエンテロウイルスと同様、EV71においても地域固有のウイルス伝播は、むしろ例外で、広範囲な多くの地域間で頻繁にウイルス伝播が起きていることが示唆される。

EV71の遺伝子型と疾患の重篤化との関連性:1990年代後半に発生したマレーシアおよび台湾でのEV71脳炎の流行が再興感染症として問題となって以来、中枢神経病原性の強い特定のgenogroup/variantが、これらの疾患の流行に関わった可能性が指摘されてきた。しかし、これまでの分子系統解析によると、特定のEV71遺伝子型と疾患の重篤化との関連は認められていない。1970年代に、ブルガリアおよびハンガリーで多数の死亡例を含むポリオ様疾患の流行を起こしたEV71由来の分離株の塩基配列は、日本の手足口病流行株と高い相同性を示した(genogroup B1)。また、1997年のマレーシアと1998年の台湾での主要な流行株は、明らかに異なる遺伝子型(genogroup B3およびC2)であった。台湾では、EV71流行株の遺伝子型は、1998年のgenogroup C2から2000年のgenogroup B4へ大きく変化したが、2000年以降も死亡例を含む多くのEV71脳炎患者が継続的に報告されている。分子系統解析に反映されない特定のゲノム遺伝子変異が病原性に関与している可能性は否定できないが、すべての遺伝子型のEV71は、手足口病の起因ウイルスであるとともに潜在的中枢神経病原性を有していると考えられる。東アジアのできるだけ多くの地域においてサーベイランス網と実験室診断体制を整備することにより、重症中枢神経疾患を含めたEV71感染症流行に対する監視を継続する必要がある。

文 献
1)Shimizu H. et al., Jpn. J. Infect. Dis. 52: 12-15, 1999
2)Brown B. et al., J. Virol. 73: 9969-9975, 1999
3)McMinn P. et al., J. Virol. 75:7732-7738, 2001
4)Shimizu H., et al., Pediatr. Int. 46: 231-235, 2004

国立感染症研究所・ウイルス第2部 清水博之

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