エンテロウイルス71型感染の病理学的研究

(Vol.25 p 229-231)

エンテロウイルス71型 enterovirus 71(EV71)はコクサッキーウイルスA16型とともに手足口病の原因ウイルスである。1997年のマレーシア(Chan 2000)、1998年と2000年の台湾におけるEV71の流行(Ho 1999,Wang 1999, Wong 2002)では併せて100人以上の乳幼児の死亡が報告され、ポリオ根絶後の小児における重症神経感染症として重要視されるようになった。ここでは、EV71感染の病理学的解析と感染実験モデルについて総括する。

重症感染の臨床症候:1998年の台湾流行時にEV71分離重症例の症状は脳炎症状、肺浮腫・出血、無菌性髄膜炎、心筋炎、急性弛緩性麻痺と多様であった。大多数で手足口病症状も認められた。他のエンテロウイルスも分離されたが、肺浮腫・出血、心筋炎、急性弛緩性麻痺の症例からはEV71のみが同定された。中枢神経症状は意識障害、発熱、頭痛、嘔吐、痙攣、不全麻痺、ミオクローヌス、振せん、自立神経障害(麻痺性イレウス、神経因性膀胱)等であった(Ho 1999)。マレーシアの29例では発熱(100%、平均体温37.4℃)、口腔内潰瘍(66%)、皮疹(62%)、嘔吐(59%)、咳(35%)、痙攣(28%)、下痢(21%)、麻痺(17%)が記録され、発症から入院までの平均病日は2日(1〜10日)と非常に進行が早かった(Chan 2000)。肺浮腫は乳幼児に発症することが多く、神経症状と同様、手足口病症状が先行していることが多く、致死率は非常に高い。肺水腫に伴う呼吸障害が主体となっている例では意識障害以外の神経症状が隠されている可能性もあり、手足口病の流行期にはこのような重篤な呼吸障害患者においては皮疹・口内疹の有無に留意する必要がある。

人体例の病理学的解析:散発例および、台湾ならびにマレーシアの流行時の剖検所見が報告されている(Lum 1998, 1998, Chang 1998, Wong 2000)。剖検時にウイルスが分離された例が報告されている、生前の咽頭ぬぐい液、便からのウイルス分離、血清抗EV71抗体価の有意の上昇により診断されている例もある。いずれの例でも中枢神経組織の組織学的変化は比較的共通しており、大脳、小脳歯状核、脳幹部、脊髄の炎症性変化が主体で、脳幹部と脊髄の変化が最も目立っている。EV71は選択的に神経細胞を傷害し()、ウイルスが感染した神経細胞はNissl顆粒を消失し、好酸性変性が生じ、最終的には好中球、ミクログリアにより貪食される(neuronophagia)。血管周囲にはリンパ球を主体とする細胞浸潤がみられる(perivascular cuffing)。ウイルス抗原はこれらの神経細胞の細胞質に検出することができる。一方、臨床的に重篤な症状をもたらす著明な浮腫をきたしている肺組織からはウイルスは分離されず、またウイルス抗原も陰性である。どのような機序で肺浮腫が発症するかは確定していないが、交通事故等により脳幹部が障害された場合も肺浮腫が発症することがあり、一部の研究者は神経原性肺浮腫と考えている。この肺浮腫は一過性、可逆性の変化であり、集中治療により救命された例も報告されている。

感染モデル:最近、マウスを用いた実験系も報告されているが(Chen 2004, Wang 2004)、人体とほぼ同様の感染が成立する動物はサルのみである(Hashimoto 1982, 1983, Nagata 2002)。ポリオウイルス同様に、EV71は人から人に経口あるいは糞口感染し、ウイルスの伝播に動物が関与しないことからも明らかである。感染モデルは、ポリオワクチンの開発時重要な役割を果たしており、ワクチン開発、ウイルスに対する免疫応答の解析、抗ウイルス剤の開発に重要な役割を果たす。

私たちはカニクイザルを用いて、このサルが経神経性・経血行性に感受性を有していることを明らかにしてきた。そのデータを一部紹介すると、脊髄内に直接ウイルスを接種した場合、接種するウイルスが手足口病由来、無菌性髄膜炎由来、脳炎由来にかかわらず、いずれのウイルスでもサルに重篤な神経症状を引き起こした。この症状は麻痺等の錐体路症状のみならず、企図振せん、運動失調等の錐体外路症状も生じ、人体例での神経症状に類似していた。さらに、接種サルの中枢神経組織では、人体例と同様に炎症像が中枢神経組織に広範に拡がり、とくに脳幹部と小脳歯状核の病変が目立っていた(Nagata 2002)。静脈内にウイルスを接種した場合は錐体外路症状が主体となり、ポリオとは異なり、腰髄ではすべての前角細胞が変性・破壊されることはなく、臨床的に完全麻痺とはなりにくいことも確認した(Nagata 印刷中)。このようにポリオウイルスとEV71の神経病原性は異なっている。なお、サルの感染実験では肺浮腫は発生せず、またウイルスが肺組織から分離されることもなかった。今後、この静脈内接種モデルを用いたEV71の神経病原性の発症機序解明が期待される。

文 献
Chan L.G., et al., Cli. Infect. Dis. 31: 678-683, 2000
Chang L.Y., et al., Lancet 352: 367-368, 1998
Ho M., et al., N. Engl. J. Med. 341: 929-935, 1999
Lum L.C.S., et al., Lancet 352: 1391, 1998
Lum L.C.S., et al., J. Pediatr. 133: 795-798, 1998
Nagata N., et al., J. Med. Virol. 67: 207-216, 2002
Nagata N., et al., J. Gen. Virol. 85: (in press)
Wong K.T., et al., N. Engl. J. Med. 342: 356-357, 2000
Wang S.M., et al., Clin. Infect. Dis. 29: 184-190, 1999
Wang Y.F., et al., J. Virol. 78: 1916-1924, 2004

長崎大学熱帯医学研究所宿主病態解析部門 岩崎琢也

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