2004年7月16日、市外の医療機関から食中毒様症状を呈した市内在住の男性を診察した旨の届出が、福岡県を通じて福岡市保健福祉局生活衛生課にあった。調査の結果、患者は民間会社の福岡支店に勤務しており、福岡支店と熊本支店合同の職場旅行で7月12日〜14日にかけて香港を旅行していた。
旅行参加者は両支店で計91名であり、36名が発症(発症率40%)していた。主な臨床症状は、腹痛と水様性下痢であり、ほとんどの患者は、旅行最終日の7月14日〜翌15日にかけて発症していた。患者は福岡支店と熊本支店の社員であることから、旅行前の共通食はなかった。旅行期間中における共通食は行き帰りの機内食と宿泊したホテルでの朝食バイキング(13日と14日)だけであり、昼食と夕食は各個人で異なっていた。
7月17日、福岡支店の有症者便23検体が当所に搬入され、各食中毒菌の検査を実施した。下痢原性大腸菌の検査は、DHLおよびSS寒天から5〜8株を釣菌し、PCR法で各病原遺伝子の検索を行った。その結果、大腸菌以外の既知の食中毒細菌は検出されず、7名から毒素原性大腸菌(以下ETEC)が検出された。検出状況は、O6:H16(sth 遺伝子+)が4名から、O159:HUT(sth 遺伝子+)が3名から分離され、それぞれ単独の感染であった(表1)。これらの株のリジン脱炭酸試験(LIM 培地)結果は、O6株は陰性であり、O159株は陽性であった。
一方、熊本支店の有症者検便については、有症者便10検体が熊本市環境総合研究所に搬入され、6名からO6株(ST産生性)およびO159株(ST産生性)のほかに、O18 株(ST産生性)も検出された。検出状況は、O6株は4名から、O159株は3名から、O18株は1名から分離され、2名についてはO6株とO159株、およびO6株とO18株の混合感染であった(表1)。
当所で分離した7名からのETECについて、Xba Iによるパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を行った。その結果、4名から検出されたO6株はすべて同じPFGEパターンを示し、また3名から検出されたO159株もすべて同一パターンであった。
ETECによる海外旅行者下痢症の場合、同一事例から異なった血清型や毒素産生性のETECが分離されることが多く、本事例についても、O6、O159およびO18の3血清型が分離された。このうち、O6株とO159株は、PFGE解析の結果、それぞれが同一の汚染食品(または水)に由来すると考えられるが、この汚染食品(または水)が単一であったのか複数なのかは不明である。
曝露時点を推定するため、ETECが検出された有症者13名(福岡市検出分7名、熊本市検出分6名)について、患者発生の累積曲線を作成したところ、累積患者が50%であった時点は帰国日の7月14日の16時〜20時であった(図1)。ETEC食中毒の平均潜伏時間は12〜72時間(あるいは、LTまたはST単独産生菌では10〜12時間など研究者によって異なる)と幅が大きいため、50%累積患者発生時点から曝露時点を特定することは難しい。本事例の場合、香港行きの機内食が原因食品である可能性も考えられるが、機内食を製造した施設側の自主検査では、保存食から大腸菌群は検出されておらず、原因食品であったとは考えにくい。以上から、本事例の原因食品は、13日または14日のホテルの朝食であろうと推察された。
福岡市保健環境研究所
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