関節腔内注射による黄色ブドウ球菌集団感染事例−福岡県

(Vol.25 p 259-260)

2004年3月福岡県内の病院で、変形性膝関節症患者に対する関節腔内注射により、黄色ブドウ球菌(以下黄ブ菌)の集団感染が発生した。この治療は一般医療機関で広く行われており、対象患者も多い。再発防止の参考とするため、本事例の概要を報告する。

集団発生の状況:A病院整形外科外来では、変形性膝関節症の患者に関節機能改善剤のヒアルロン酸ナトリウムと塩酸リドカイン混合液の関節腔内注射を年間6,000件程度実施してきた。

図1に示すように、3月2日実施の22名中3名、4日実施の9名中3名に2日夜〜7日にかけて疼痛、腫脹などの症状が出現した。全員入院し、切開排膿術などの治療を受けた。病院は当初から医原性感染も疑い、消毒や手洗いの徹底を行った。5日:29名、8日:2名、9日:27名からの発症はなかったが、集団発生が明らかになり、10日より関節腔内注射を休止した。15日、2名の膿から黄ブ菌検出の報告を受けた院長から、B保健所に原因究明と改善策検討への協力要請があった。

聞き取り調査:医療従事者の健康調査では、発生前後に皮膚の化膿、下痢、嘔吐などの異常を認めなかった。

注射薬の準備には問題点が認められた。両膝に注射する患者が多く50件以上行う日もあるため、外来開始前に1名の看護師が予定件数分をまとめて準備していた。時間短縮のため、アンプルは3〜5本を同時に開封しており、まず塩酸リドカインを件数分吸引した後にヒアルロン酸ナトリウムを吸引するという方法で、2回のリキャップを伴う煩雑な操作であった。

3月の実施日における役割分担、注射実施人数、膝関節炎発症人数を表1に示す。準備は看護師N1が行うことが多かったが、2日は看護師N3が担当した。医師D1の実施数が多いため発症患者5名が集中しているが、医師D2が4日に実施した3名からも1名発症している。

細菌学的検索:6名の患者(2Pa、2Pb、2Pc、4Pa、4Pb、4Pc)計7カ所(2Pcは両側発症)の膝関節液のすべてから黄ブ菌が検出された。

医療従事者関連材料36検体{医師3名(D1〜D3)、看護師6名(N1〜N6)の手指、両鼻腔、白衣}、物品や器具類47検体(薬品アンプル表面・内容物、使用済みアンプル、冷蔵庫・薬品棚などの取っ手、トレー、ワゴン、机、椅子、ベッドなど)、合計83検体のふき取り材料について、B保健所検査課で黄ブ菌の検査を実施した。その結果、8検体(D1の右鼻腔、D3の手指および左鼻腔、N1の手指、白衣、および左右鼻腔、N3の手指)から黄ブ菌が検出された。物品や器具類からは検出されなかった。

上記15検体の菌株について、福岡県保健環境研究所で、(1)黄ブ菌エンテロトキシン型別検査、(2)Toxic Shock Syndrome Toxin(Tsst-1)産生の有無、(3)コアグラーゼ型別検査、(4)パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)によるDNA解析(図2)を実施した。

結果を表2に示す。エンテロトキシン型はほとんどの株が型別不能であったが、Tsst-1、コアグラーゼ型、PFGEパターンの結果から、15菌株は以下の3グループに分類された。(1)2日発症患者の4株(2Pa、2Pb、2PcL、2PcR)と2日準備担当看護師N3の1株(N3f)、(2)4日発症患者の3株(4Pa、4Pb、4Pc)と4日準備担当看護師N1の4株(N1f、N1c、N1nL、N1nR)、および(3)医師から得られた3株(D1nR、D3f、D3nL)である。

結論:以上の結果から、煩雑な注射薬準備の過程で注射器・薬剤が2名の看護師の常在黄ブ菌に汚染されたことが原因と考えられる。

改善指導:B保健所は、(1)ヒアルロン酸ナトリウム入りディスポ注射器が普及しているのでこれに切り替える、(2)塩酸リドカインの混注は可能な限り避け、使用する際は直前に準備する、(3)常に常在菌を念頭に置き、手洗い・無菌操作を励行するなどの指導を行った。病院はこれに添って改善対策を取り、5月から注射を再開した。

まとめ:変形性膝関節症患者が化膿性膝関節炎を起こすと、切開排膿などの外科的治療とリハビリで長期の入院を要し、後遺症を残すことも多い。関節腔内注射には厳密な無菌操作が必要である。

福岡県宗像保健福祉環境事務所 財津裕一
福岡県保健環境研究所 堀川和美 野田多美枝
福岡県田川保健福祉環境事務所 田代律子

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