2003/04シーズンのインフルエンザウイルス流行株の解析

(Vol.25 p 280-285)

1.流行の概要

2003/04シーズンは全国で5,028株が分離され、分離株数から見た流行規模は昨年の64%と中程度であった。ウイルス型、亜型別に見るとAH3が94%、B型が6%と、2種類の混合流行で、AH1は全国で5株が分離されたのみで、ここ2シーズン流行は見られていない。

当該シーズンの流行株の特徴は、前シーズン後半から増えてきた変異株A/Fujian(福建)/411/2002(H3N2)様株が流行の主流を占めたこと、およびB型の流行が2シーズンぶりにVictoria系統から山形系統に戻ったことである。同様の傾向は欧米諸国および南半球諸国でも見られている。

高病原性H5N1鳥インフルエンザの流行:2003年12月〜翌2004年4月にかけて高病原性H5N1鳥インフルエンザの流行が日本を含む東アジア諸国の家禽で大流行し、ベトナムやタイではヒトへも感染し、現時点(2004年10月4日)の公式発表では43例の感染者と31名の死者が出ている。わが国でも79年ぶりの高病原性鳥インフルエンザの発生で、山口、大分、京都の養鶏場およびペットとして飼われていたチャボへの感染などで総数約27万羽におよぶ家禽が失われた。わが国では汚染養鶏場周辺への立ち入り制限、物の移動制限や消毒など流行拡大防止・封じ込め対策が徹底されたことにより、4月の終息宣言以降、新たな流行の発生は起こっていない。

WHO-H5レファレンスセンターを兼務する国立感染症研究所(感染研)ウイルス第3部第1室は、ベトナムの感染者や山口県の流行発生養鶏場関係者から採取した検体の検査依頼を受け、RT-PCR、ウイルス分離、中和試験による抗体検出などの感染診断を実施した。その結果、山口県においてはH5N1ウイルスへの感染を疑う所見は全く見られなかった。一方、ベトナム患者の検体からはH5陽性例が数件見つかり、それらの一部からはH5N1ウイルスが分離された。感染研ではこの分離株および動物衛生研究所から分与された京都株からリバースジェネティクス法で弱毒化高増殖株を直ちに作製し、試作ワクチンの開発を行った。

 2.ウイルス抗原解析

当該シーズンに全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、感染研からシーズン前に配布された抗原解析用抗体キット[A/New Caledonia/20/99(A/NC/99, H1N1)、A/Moscow/13/98(H1N1)、A/Panama/2007/99(A/PA/99, H3N2)、A/Kumamoto(熊本)/102/2002(H3N2)、B/Johannesburg/5/99(山形系統)、B/Shandong(山東)/7/97(Victoria系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験で、各地研において型別同定および抗原解析が行われた。感染研ではこれらの成績をもとにして、HI価の違いの比率が反映されるように選択した分離株(分離総数の約5%に相当する)について、A/H1N1ウイルスには4種類、A/H3N2ウイルスおよびB型ウイルスにはそれぞれ7および8種類のフェレット参照抗血清を用いてさらに詳細な抗原解析を行った。

1)A/H1N1ウイルス:2003/04シーズンはAH1ウイルスは5株のみ分離され、解析した3株のうち1株はワクチン株A/NC/99様であり、2株はHA蛋白の抗原領域Bの 140番目のアミノ酸がグルタミン酸(K140E)であるA/Peru/2223/2003変異株に類似していた(表1)。

一方、諸外国においてもこの亜型による流行はほとんどなく、少数分離された株もワクチン株A/NC/99様で、特別な変異株の出現は観察されなかった。

2)A/H3N2ウイルス:前シーズンの後半からワクチン株A/PA/99からHI試験で4倍以上の抗原変異を示すA/Fujian(福建)/411/2002様株が増える傾向が見られていた。このことから2003/04シーズンはこの変異株による流行が主流になることが予想されたため、ワクチン候補株としては、孵化鶏卵で分離したA/Fujian/2002様株を選択する必要があった。しかし、国内外においてワクチン株に採用できる適当な孵化鶏卵分離株が見つからなかったことや、A/PA/99株に対する抗体はA/Fujian/2002様株とも交叉反応することから、A/PA/99株で十分に免疫を高めておけば、変異株にも対応できると考えられた。したがって、WHOは2003/04シーズンのH3N2型ワクチン株として、A/Moscow/10/99様ウイルス(製造株としてはA/PA/99)を選定したという経緯がある。

予想どおり、2003/04シーズンは、地研の解析ではA/Fujian/2002株に抗原性が類似した代表株A/Kumamoto(熊本)/102/2002 に対する抗血清とよく反応する株が全体の98%を占め、AH3流行株の大半はA/Fujian/2002様株であることが示された。しかし、これら分離株の約70%は依然として前シーズンのワクチン株A/PA/99に対する抗血清ともよく反応していた。感染研における解析でもA/Fujian/2002様株が大半を占めていたが、どの参照抗血清に対しても反応性の低い変異株も約9%の割合で見られた(図1表2)。また、解析した分離株のすべてはA/Fujian/2002類似株に特徴的なHA蛋白のアミノ酸置換(155Tおよび156H)をもっていた。

一方、諸外国においてはA/Fujian/2002株やわが国が選定したワクチン株A/Wyoming/3/2003からHI試験で4〜8倍以上抗原変異した株が徐々に増えていく傾向が見られ、流行が半年ずれている南半球ではAH3分離株の74%はA/Wellington/1/2004で代表される変異株であった。さらに、A/Wellington/1/2004を抗原として作製したフェレット抗血清は最近の分離株に比較的広く交叉反応することから、WHOは2005シーズンの南半球のワクチン株としてA/Wellington/1/2004様株を推奨した(WHO, WER, 79, 369-376, 2004)。

3)B型ウイルス:B型インフルエンザウイルスには、B/Yamagata(山形)/16/88で代表される山形系統とB/Victoria/2/87 で代表されるVictoria系統がある。2003/04シーズンは2シーズンぶりに山形系統株がB型の主流となり、Victoria系統株は沖縄や北海道で数株が分離されたのみであった(図2)。

山形系統分離株の約83%はワクチン株B/Shanghai(上海)/361/2002様であり、約9%は変異株であった(図2)。孵化鶏卵分離株[B/Shizuoka(静岡)/58/2004Eで代表される]の中には、すべての参照抗血清に対して低い反応性を示すものが見られた(表3)。しかし、これらをMDCKで分離し増殖させると、抗B/Shanghai/361/2002フェレット抗血清のホモ価と同程度の反応性を示した(表3)。この違いは孵化鶏卵分離株ではHA蛋白の198番目のアミノ酸がアスパラギンで(198N)、この部位に糖鎖が新たに付加されたことにより抗原性が変化したためと推定された。 一方、沖縄地区で少数分離されたVictoria系統株は、いずれのフェレット参照抗血清に対しても反応性は低かったが、最近の日本の代表株であるB/Kagoshima(鹿児島)/11/2002株に対する高度免疫羊血清で識別は可能であった。しかし、ホモ価より4倍低い反応性を示したことから、抗原変異が起こっている可能性が示唆された(表3)。

諸外国においてもB型ウイルスの流行は同様の傾向が見られており、山形系統株の93%はB/Shanghai/361/2002様であり、流行の小さかったVictoria系統株は代表株B/Hong Kong(香港)/330/2001から抗原変異した株が増える傾向が見られている。

 3.ウイルスHA遺伝子の解析

1)A/H1N1ウイルス:2003/04シーズンはワクチン類似株が5株しか分離されなかったことや、世界的にも大きな変化は見られなかったことから、AH1ウイルスの系統樹の掲載は割愛する。

2)A/H3N2ウイルス:A/H3N2ウイルスのHA遺伝子の系統樹は155、156番目のアミノ酸を指標にして3群に分類することができる。すなわち、2002/03シーズンまでのワクチン株であったA/PA/99 と同じHQ群、A/Hamamatsu(浜松)/248/2002で代表されるTQ群、およびA/Fujian/2002で代表されるTH群である(図3)。このTH群は前シーズンの分離株が多く入るA/Kumamoto/102/2002およびA/Wyoming/3/2003で代表される群と、南半球のワクチン株であるA/Wellington/1/2004で代表される群に細分されるが、2003/04シーズンの分離株の大半は後者に分類された。しかし、これら2つの群の抗原性に大きな差は見られなかった。さらに、TH群の中にはA/H1N1の変異株で見られたK140Eアミノ酸置換を持つ株[A/Hiroshima-C(広島市)/14/2004]が含まれ、これと同様の置換をもつ株は台湾や米国でも分離されている。

3)B型ウイルス:B型ウイルスは系統樹上からも、前述したように、Victoria系統と山形系統に大別される(図4)。2003/04シーズンの主流となった山形系統株は、B/Johannesburg/5/99、B/Sichuan (四川)/379/99 で代表される群とワクチン株B/Shanghai/361/2002で代表される2群に分かれ、これらは抗原的にも大きく異なっている。当該シーズンの分離株のすべてはB/Shanghai/361/2002群に入り、その傾向は前シーズンから見られていた。

一方、Victoria系統はB/Hong Kong/330/2001で代表される群と2002/03シーズンのワクチン株B/Shandong/7/97 (図4■部分)やB/Brisbane/32/2002で代表される群に分かれるが、2003/04シーズンの分離株は後者に分類された(図4)。

本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国74地研と感染研ウイルス第3部第1室(インフルエンザウイルス室)との共同研究として行われた。また、本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、残りの成績は既にWISH-NETで各地研に還元された。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と国立感染症研究所との合意事項に基づく情報還元である。

国立感染症研究所ウイルス第3部第1室・WHOインフルエンザ協力センター

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