京都府で発生した高病原性鳥インフルエンザ事例の概要−人の健康管理に関する活動を中心に

(Vol.25 p 295-297)

I.はじめに

2004(平成16)年2月26日夕刻に京都府園部保健所に寄せられた匿名電話により、T町A農産における高病原性鳥インフルエンザの発生が発覚した。京都府は2月27日に山田知事を本部長とする京都府対策本部(図1)を府庁に、京都府園部地方振興局長を本部長とする現地対策本部(図2)を同局に、それぞれ設置し、防疫対策を直ちに開始した。3月3日には、近辺のT養鶏場でも高病原性鳥インフルエンザの発生が確認されるなど、想定を超える事態となったが、延べ約15,000人を動員して、約24万羽の鶏と鶏糞・鶏卵・飼料等を処分し、3月22日にすべての防疫対策を終了した。京都府園部保健所が健康危機管理活動の前線基地となり、対策本部の指揮のもと府下12保健所が連携し、京都府立医科大学附属病院、府立病院、京都第一赤十字病院、京都第二赤十字病院および京都市からも医師等の応援を得て、のべ796名が健康危機管理に取り組んだ。25日間の防疫対策中に行った保健活動の概要を報告する。

 II.防疫作業の概要

(1)家畜保健衛生所職員による当該養鶏場の鶏舎内外および農場侵入道路の消毒作業、(2)鶏の殺処理、(3)死亡鶏のフレコンパック詰めおよび埋却処分、(4)鶏舎内の鶏卵と飼料の運び出しおよび埋却処分、(5)鶏舎内の「糞落とし」、(6)ビニールシートとコンパネによる鶏舎外壁の密封、(7)鶏舎内および堆肥場の鶏糞上への消石灰散布、(8)消石灰に覆われた鶏糞上へのビニールシート張り、の順で進められた。

 III.健康管理の概要

健康管理の概要を表1に示し、その詳細について以下に述べる。

1.養鶏場従業員の心身の健康管理:養鶏場従業員(33人)の初回面接を事案発覚翌日に実施した。問診(就労状況、呼吸器・消化器・眼等の自覚症状、インフルエンザ予防接種歴、既往歴、家族の健康状態)、検温、診察、リン酸オセルタミビル投薬(1日75mg1カプセル5日分)、保健指導(1週間の潜伏期間中の健康観察方法等)を行った。潜伏期間中は毎日担当保健師が面接、電話等で健康状態を把握した。マスコミへの対応、経済的不安、地域での対人関係等により従業員のみならず家族も精神的ストレスが大きく、防疫対策開始当初から精神保健対策が重要課題であった。担当保健師と精神保健福祉相談員が電話、手紙、訪問で状況を把握し、京都府精神保健センター医師および精神保健福祉相談員と連携して、防疫対策終了後も支援を継続した。

養鶏場に立ち入った業者約300名、養鶏場周辺の幼稚園、学校の教職員等約880名の健康調査を実施したが、異常は見られなかった。

2.防疫作業従事者への事前健康対策説明:1日約200名が防疫対策に従事した。2班に分け、表1に示す4項目について約1時間の事前教育を連日実施した。しかし、防疫対策の初心者にとっては、N95マスクの息苦しさやゴーグルの曇りのためにPPE の装着が不完全になりがちであった。

3.心身の健康管理および救急処置:現地対策本部での健康管理の流れを図3に示す。防疫作業開始時の問診項目は、(1)インフルエンザに関すること:1)1週間以内にインフルエンザに罹患したか?、2)1週間以内にインフルエンザに罹患した家族がいるか?、3)インフルエンザワクチン接種の有無、(2)健康状態:喘息等慢性呼吸器疾患、心疾患、腎疾患、肝疾患または肝機能異常、高血圧症、その他慢性疾患、薬物アレルギー、風邪症状の有無、等について、(3)家禽類の飼育状況、とした。オセルタミビルの予防内服は、米国CDCのガイドライン(2004.2.17.)と文献1)、2)を参考に国立感染症研究所医師の助言を得て、内服期間は接触中および最終接触後4日間とした。対象は、病鶏、鶏糞、汚染された飼料のいずれかに直接接触するものとした。健康観察時に把握した本剤との関連が疑われる症状として、軟便傾向、眠気が数%にみられた。なお、3クール以上の服用者には、京都府委託医療機関での臨時健康診断の受診を勧奨した。

大量の消石灰散布が始まると、咽頭痛、皮膚炎、眼の異物感の訴えが激増した。防塵マスクの変更、洗眼・うがい用水道蛇口の設置、救急室での眼科医の待機、洗眼器材と抗消炎剤軟膏の調達・配備で対応した。防疫対策中に医療機関へ紹介した事例は22件であった。外傷、消石灰による結膜びらん、消石灰またはゴム手袋による皮膚炎、帰宅後の風邪症状・発熱、高血圧、喘息発作等であった。帰宅後に発熱や風邪症状を訴えた場合には、園部保健所長が医療機関や管轄保健所に状況説明を行い、インフルエンザ簡易キットによる診断を依頼した。なお、簡易検査の結果、A型インフルエンザは全員否定された。

4.作業従事者と物品・車両の消毒:A農産での対策では、養鶏場近くに4棟のプレハブを設置し、T町が簡易水道を仮設し、消毒拠点兼農林課現地拠点とし、1棟を救急室に当てた。消毒場とプレハブ(清潔区域)の間には1カ所の入り口を開けた塀を設置し、不潔区域と清潔区域を明確にした。なお、ゾーニングには航空地図が有効であった。消毒班(保健所衛生担当者と民間消毒業者)がマンツーマンで防疫作業従事者の消毒を介助し、手順の誤りを防止した。車両消毒は養鶏場から数百メートル離れた農道上で行ったが、担当者は鶏糞を浴びる危険があるため予防内服の対象とした。消毒薬は、ヒトには消毒用アルコール、リサイクル可能な防塵マスクには次亜塩素酸ナトリウム(消毒後、充分水洗・乾燥)、ゴーグル・長靴・車両には逆性石鹸を用いた。

5.医療機関との連携:(1)作業中の救急受診、(2)救急医薬品の調達、(3)鳥インフルエンザに関わる背景のあるインフルエンザ様患者の受診対応、(4)抗インフルエンザウイルス薬長期内服者の健康診断、(5)トリ→ヒト感染事例発見のためのサーベイランス、(6)救急処置方法の助言、について管内中核病院を中心に密接な連携を行った。

6.養鶏場周辺住民への情報提供および説明会:管内住民に対しては、保健所が提供した資料に基づき管内6町がそれぞれ独自の広報を実施した。養鶏場周辺の住民には、T町主催の説明会に府農林部および保健福祉部関係者とともに保健所長も再三出席し、高病原性鳥インフルエンザに係わる情報提供と健康不安の解消を行った。なお、防疫対策中の周辺住民の健康観察は、T町保健担当者が近隣町の応援を得て実施した。

7.現地における作業管理と環境管理:保健所長が産業医として連日現地に足を運び、(1)トリ→ヒト感染の防止、(2)作業の安全確保、(3)消石灰や消毒薬による健康障害の防止、(4)心身の過労の防止のために、作業の進展に応じて対策を検討した。マスクの息苦しさ対策(消毒支援員配置)、ゴーグルの曇り防止(曇り止めスプレー)、消石灰対策(水道、眼科医配置、全面体防塵マスク)、メンタルヘルス対策(事後健診時の配慮、防疫対策後の産業医による面談)、防寒対策(暖房、温かい飲み物)などであった。

 IV.防疫対策で得た教訓

(1)感染症対策時の人権擁護と精神保健対策の重要性、(2)防疫対策時の産業保健の視点(いわゆる3管理)、(3)地域保健、産業保健、学校保健、環境保健の連携、(4)感染症対策、生活習慣病対策、精神保健対策、福祉対策の包括的な展開、(5)風評被害の防止の重要性(住民への丁寧で迅速な情報提供)、(6)多職種で取り組む防疫対策時のチームワークづくり・心の交流の大切さ、(7)第一報受信時の的確な対処の重要性、(8)食の安全を共通課題とした、関係部局の日常的な連携の必要性、(9)正確で迅速な最新情報の共有方法の確立、(10)危機管理と平常業務を並行して遂行するための、臨機応変の協力や役割分担の工夫、などが引き続き検討すべき教訓となった。

関係機関や専門家の方々から多大の御支援をいただき、25日間の防疫対策を無事に完了することができた。今回の事案を振り返り、貴重な経験を今後の健康危機管理に十分生かしたい。

引用文献
1)柏木征三郎,他、感染症学雑誌 74(12): 1062-1075, 2000
2) Hyden FG, et al., N. Engl. J. Med. 341: 1336-1343, 1999

参考文献
1)弓削マリ子, 公衆衛生 68(10): 774-779, 2004

京都府保健福祉部次長 和田 健
京都府中丹西保健所長(前園部保健所長) 弓削マリ子

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