2004年8月下旬〜9月にタイバンコク在留邦人コミュニティーに流行したインフルエンザ

(Vol.25 p 292-293)

2004年8月下旬より、高熱・上気道症状・腹痛・頭痛を呈する集団かぜが邦人幼稚園児の間に発生し、9月に入って一部の日本人幼稚園が学年閉鎖した。続いて、同様の疾患が邦人小学生(主に低学年)の間に流行し、日本人小学校1・2学年(各学年9組)が、それぞれ9月14〜17日、21〜23日に学年閉鎖となった。これら邦人幼稚園児および小学校児童からインフルエンザウイルスが検出されたので報告する。

日本人が集中して居住するバンコク市内スクンビット通りにあるS病院小児科には、邦人小児患者が集まる。そこで、9月9日・10日と9月22日・23日の2度にわたり、同病院小児外来を受診した発熱(38℃以上)・上気道症状を有する邦人小児患者それぞれ10名と14名の合計24名から、咽頭または鼻腔ぬぐい液を採取、タイ国立衛生研究所にてタイプ特異的RT-PCR1)によるウイルス検出、およびMDCK細胞2代継代培養によるウイルス分離を行った。さらにCPEが見られた培養細胞について、市販キット(Respiratory Panel I Viral Screening & Identification Kit, Chemicon International, CA, USA)ならびにH1, H3, H5特異的モノクローナル抗体(WHO Collaborating Center, CDC, Atlanta, USAより分与)を用いIFA法によってサブタイプを決定した。

表1にウイルス検索対象者とウイルス検出状況についてまとめた。インフルエンザウイルスが検出された幼稚園児および小学生は、それぞれ50%、79%であった。検出率は、検査時の有症状日数と有意な相関が認められ、有症状日数が1日、2〜3日、4日以上の患者のウイルス検出数/検体総数(%)は、それぞれ9/10(90%)、5/6(83%)、2/8(25%)であった(p=0.009,χ2検定)。さらに、分離された10株について型とサブタイプを同定したところ、今回の流行は主にA型インフルエンザH1サブタイプによることが判明した。また、B型インフルエンザも混在していることが分かった。さらに、メルボルンのWHO Collaborating Center for Reference and Research on Influenzaに株の同定を依頼したところ、H1サブタイプのものはすべてA/New Caledonia/20/99-like、B型はB/Hong Kong(香港)/330/2001-likeであった。

タイ保健省疫学局がまとめた2000年〜2002年のインフルエンザ患者報告数によると、タイ国のインフルエンザ流行は、北半球の流行シーズンと平行して1・2月に小さなピークが、また、南半球のインフルエンザ流行シーズンに平行して6〜8月(タイでは雨季期間中)に比較的大きなピークが認められる(図1)2-4)。また、タイ国立衛生研究所の調査結果によると、2001年に同研究所にて分離されたインフルエンザウイルス株の48%を占めていたA/New Caledonia/20/99(H1N1)株は、2002年、2003年、2004年前半(7月まで)には検出されていなかった5)。

タイ国に在留する邦人は、2003年10月時点で28,776人(届出数)、未届け滞在者も含めると5万人以上はタイ国に滞在していると推定されている。届出者のうち21,728(76%)はバンコクに居住し、バンコクの日本人小学校生徒数( 2,115人)は日本人学校としては世界で最も多い。学校が長期休暇になるシーズンには、一時帰国するタイ在留邦人が増えることから、在留邦人が各種感染症のキャリアとなる可能性が在り得る。今回邦人コミュニティーに流行したインフルエンザ流行株が、今冬の日本国内インフルエンザ流行にどのように関連するか、今後検討する価値がある。一方現状では、邦人に流行する各種感染症を監視する公的保健機関はない。日本の技術支援によって設立した現地のレファレンスラボラトリーを継続的に支援すると同時に、在留邦人保護のためにも活用することがひとつの在り方である。その意味においても、感染症対策分野での日本・タイ連携を確立することは重要である。本調査にあたって、ご協力頂いた患者家族、日本人学校・藤田英彰校長とサメティベート病院日本語スタッフの嘉納美穂子さん、WHO Collaborating CenterのDr. A. Hampsonに感謝致します。

 文 献
1) WHO manual on animal influenza diagnosis and surveillance, WHO/CDS/CSR/NCS/2002.5Rev.1
(www.who.int/csr/resources/publications/influenza)
2) Annual Epidemiologial Surveillance Report 2000, Bureau of Epidemiology, Ministry of Public Health, Thailand
3) Annual Epidemiologial Surveillance Report 2001, Bureau of Epidemiology, Ministry of Public Health, Thailand
4) Annual Epidemiologial Surveillance Report 2002, Bureau of Epidemiology, Ministry of Public Health, Thailand
5) P. Thawatsupha, et al., p.112-113 In abstracts of the International Conference on Emerging Infectious Diseases. Atlanta, February 29 - March 3, 2004

タイ国立衛生研究所
プラニ・タワットスパー スンタリヤ・ワイチャロン
マリニ・ジッタカーンピット パイブーン・マネウオング
サメティベート病院小児科 スパトラ・リムウドムポン
在タイ日本国大使館医務官 井上隆一
国立感染症研究所 有吉紅也

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