水痘ワクチンの開発と展望

(Vol.25 p 320-322)

1.水痘ワクチン開発の経緯

一般に小児では水痘は軽症とされているが、重症例(発疹が数百個)が全体の約28%もあるという報告もある1)。私共は1971年頃からそれまでの麻疹、風疹やポリオの弱毒化の経験を生かしながら水痘ワクチン開発に着手した。ウイルスの弱毒化にはできるだけ確率の高い方法として本来の宿主以外の細胞で継代する方法を重視した。その目的でいろいろな実験動物、発育鶏卵などの培養細胞の水痘ウイルスに対する感受性をしらべた結果、モルモットの胎児細胞のみがやや感受性があり、ある程度のウイルスの増殖がみられた。典型的な水痘患児の水疱液より、ヒト胎児肺細胞を用いて水痘ウイルスを分離し(その患児の姓に因んで岡株と名付けた)、34℃でヒト胎児肺細胞に11代継代し、さらにモルモット胎児細胞に12代継代し、その後ウイルスの収量を高めるためにヒト2倍体細胞に数代継代したものをワクチン候補株とした2)。

2.水痘ワクチン(岡株)の性状、特徴

1)水痘ワクチン(岡株)は生物学的性状としては、(1)やや温度感受性がある(39℃での感染価が原株に比べて低い)、(2)ワクチン株はモルモット胎児細胞での力価/ヒトの培養細胞での力価の比が岡原株(岡株をヒト胎児肺細胞で分離後、同細胞で37℃で数代継代したもの)および野生株よりも15〜20倍高い、等の性質がある3)。

2)遺伝子レベルでの岡ワクチン株と岡原株の相違:岡ワクチン株と岡原株を遺伝子レベルでしらべると、全体で42の塩基配列の置換と、そのうち20のアミノ酸の置換があり、20のうち8つはImmediately Early gene 62 (IE 62 gene;細胞内増殖で最初に始動するtransactivator)に集中して存在していることが分かった4)。同じIE geneである 4,61,63には変異がみられない。またワクチン株のgene62における変異は特異的で、他の野生株にはみられなかった。さらにgene62中のアミノ酸の置換8つの株と5つの株をクローニングしてinfectious center assay法という方法でしらべると、置換の多い株はヒト細胞での拡がりが遅く弱く、置換の少ない株でも親株と比べると遅く弱かった。

これらの事実からワクチン株中のgene62のアミノ酸の置換がウイルスの増殖と細胞から細胞への拡がりに強く関連し、それがウイルスの弱毒に関連している可能性が大きいと思われる5)。

3)ワクチン接種とウイルス血症:自然感染の場合は発疹出現前後数日間は高率に血液中の単核球中から水痘ウイルスが分離されるが、ワクチン接種者(通常は発疹はあらわれない)からウイルスは検出されない6)。ワクチンウイルスは局所のリンパ節で増殖し、第1次ウイルス血症はおこるが、肝臓、脾臓での増殖はほとんどなく、第2次ウイルス血症はおこらないと思われる。ワクチンウイルスは野生株に比し、皮膚細胞で増殖が弱いことが示されており7)、このことも、ワクチン接種者に通常発疹(水疱)があらわれない理由の一つである可能性もある。水痘ワクチンの有効率については多くの報告があるが、概略すると軽症まで含めると80〜85%、中等度および重症者でみると95〜100%となる8)。

3.水痘ワクチンと帯状疱疹との関係

水痘ワクチン接種後、ワクチンウイルスは自然感染と同じように潜在するか、または将来帯状疱疹がおこるのかについては長期間の観察が必要である。しかし、急性白血病児は水痘罹患後早期に帯状疱疹を発症することが多いことが知られている。そこで水痘ワクチン接種後の急性白血病児を観察することによって、ワクチン接種と帯状疱疹の発症との関係がかなり明らかになってきた。

わが国で水痘ワクチンの接種を受けた急性白血病児330人について、ワクチン接種後発疹(水疱)のみられた小児83人とみられなかった247人について帯状疱疹発症を数年追跡調査すると、前者では17%であり、後者で2%で有意に前者の方が高かった9)。米国でもほぼ同様の結果が報告されている10) 。

これらの事実は、帯状疱疹の発症には以前に水痘ウイルス感染による発疹(水疱)があったかどうかが密接に関連しており、また水疱中のウイルスが末梢神経を介して知覚神経節に達するのが主なルートであることも示唆している。

ワクチン接種健康者には通常発疹(水疱)がみられず、かつウイルス血症も検出されないことから、ワクチン接種者ではワクチンウイルスが知覚神経節に潜在する可能性は少なく、したがって将来帯状疱疹を発症する頻度は自然感染で発症した人の場合に比べ有意に少ないであろうと思われる。

現在の成人、高齢者には何らかの形で水痘ウイルスが潜在しており、細胞性免疫が低下した場合などに帯状疱疹を発症する危険性がある。それを防ぐ目的で成人高齢者に水痘ワクチンを接種し、水痘皮内反応および抗体価測定を行った結果がに示されている11) 。ちなみに帯状疱疹発症初期(7日後まで)には水痘皮内反応は8例中8例とも陰性であり、回復期(20〜30日後)には1例を除き全例陽性となったことが報告されている12) 。このから成人高齢者への水痘ワクチンの接種が免疫の増殖、特に細胞性免疫の強化に有効であることが示されており、これが帯状疱疹後神経痛の予防につながることが期待される。

4.水痘ワクチンの展望

水痘ワクチンが小児の水痘ワクチンの予防に有効であることは世界的に明らかとなってきている。universal immunizationを実施している米国の小児病院では入院水痘患者が極端に減り、年長者の水痘患者の入院も減っており、水痘に対するherd immunityが確立されつつあることが報告されている13) 。現在、米国、欧州では接種率の向上、小児および両親の負担の軽減を目指してMMRV混合ワクチンが検討されている。わが国でもMRワクチンの後には水痘ワクチンを混合したワクチンの検討が期待される。

 文 献
1)神谷 齋ら, 厚生省予防接種研究班報告書 102-104, 平成5年
2) Takahashi M., Lancet 2: 1288-1290, 1974
3) Hayakawa Y., et al., J. Infect. Dis. 149: 956-963, 1984
4) Gomi Y., et al., Arch. Virol. 17 (Suppl. 1): 49-56, 2001
5) Gomi Y., et al., J. Virol. 76: 11447-11459, 2002
6) Asano Y., et al., J. Infect. Dis. 152:863-868, 1985
7) Moffat J.E., et al., J. Virol. 69: 5236-5242, 1995
8) Takahashi M., Expert Opin. Biol. Ther. 4: 199-216, 2004
9) Takahashi M., et al., Adv. Exp. Med. Biol. 278: 49-58, 1990
10) Hardy I., et al., N. Engl. J. Med. 325:1545-1550, 1991
11) Takahashi M., et al., Vaccine 21: 3845-3853, 2003(厚生労働省新興再興感染症事業平成12年度補助金による)
12) Torinuki W., Clin. Dermatol. 6: 381-384, 1991 (in Japanese)
13) Davis M.M., et al., Pediatrics 114: 786-792, 2004

 大阪大学名誉教授  財団法人阪大微生物病研究会理事 高橋理明

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