水痘−その病態とワクチン定期接種化に向けて

(Vol.25 p 322-324)

1.はじめに

現在、人に感染するヘルペスウイルスは8種類知られている。水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus, VZV)はα亜科に属し、水痘はその初感染臨床像で、帯状疱疹は再活性化臨床像である。水痘はアシクロビルという極めて優れた抗ウイルス剤を使用することができるウイルス感染症であるだけでなく、ヒトヘルペスウイルス感染症の中で唯一ワクチンによる予防が可能な疾患である。このワクチンは弱毒化生ウイルスワクチンで水痘の予防を目的とし、またVZV特異的細胞性免疫を賦活するため帯状疱疹の予防にもつながることが期待されている。わが国で開発されたワクチンではあるが、1995年一足先に米国で定期接種が始まり、それに伴い水痘ならびにそれに関連した合併症の疫学に大きな変化が起きつつある。

2.水痘ならびにその病態

水痘は臨床的に馴染み深い疾患で、幼児期から学童期前半に多く、冬〜春に流行、夏〜初秋には減少する傾向を示す。近年、保育園など小児の集団生活開始時期が早くなっているためか、幼児期前半の発病が目立つ。多くが10歳までに感染し、成人の抗体陽性率は90〜95%に達する。伝染力は麻疹に次いで強く、家族内感染発症率は80〜90%、不顕性感染は少ない。学校、施設内の流行は長期にわたる。自然感染により終生免疫を獲得する。児は母体からの移行抗体により感染防御されるが、抗体価が低ければ発病することもある。感染源は患児の気道、水疱内容で、発疹出現1〜2日前より水疱が痂皮化するまで伝染力があるとされる。

VZVは空気感染により感受性者の気道粘膜から侵入、局所のリンパ節で増殖後、血中に入り(第1次ウイルス血症)、肝臓、脾臓などの網内系臓器に到達する。そこで病巣を形成、増殖したウイルスは血中に再度侵入、リンパ球付随性の第2次ウイルス血症により全身に拡大し、皮膚に感染、水疱形成をみる。水疱中には多数の感染性ウイルスが存在する1)。発症2日前からウイルスは空気中に散布され、周囲の人や環境は広範に汚染される。水痘治癒とともに、ウイルスは水疱部位の知覚神経末端から求心性(retrograde axonal flow)、あるいはウイルス血症の際、血行性に神経節に侵入、潜伏する。VZV特異的細胞性免疫が低下すると、知覚神経節中のウイルスは再活性化され、炎症を伴いながら神経線維に沿い遠心性に皮膚に到達、神経支配領域に帯状の水疱疹を生じ、帯状疱疹となる。

水痘の潜伏期は10〜21日(多くは14〜16日)で、一般的な臨床経過としては軽い発熱、倦怠感、発疹で発症する。発疹は紅斑から始まり、2〜3日のうちに水疱、膿疱、痂皮の順に急速に進行してゆくが、3〜4日程発疹が新生するため、これらの発疹が同時に混在するのが特徴である。全身の発疹数は200〜300個、家族内二次感染例は約2倍といわれる。好発部位は躯幹、顔面で四肢には少なく、求心性に分布する。発疹は掻痒感が強い。細菌性二次感染を起こさなければ瘢痕を残さない。

水痘の異常経過として様々なものが知られている。重症水痘は悪性腫瘍、ネフローゼ症候群など、抗癌剤、ステロイドホルモン使用中の免疫抑制状態の患児、臓器移植後、先天性細胞性免疫不全症、AIDSの患児に見られ、出血性、進行性、全身性播種性水痘になり、死亡することもある。抗ウイルス剤の治療を受けなかった悪性腫瘍患児の死亡率は約7%といわれる。重症化の背景には肺炎、肝炎、脳炎、敗血症、DIC、ADH分泌異常などがある。成人水痘も重症化傾向があり、約15%に肺炎を合併するといわれる。妊婦の水痘罹患でも重症化の傾向がある。また新生児の水痘罹患では、母親が分娩前4日〜分娩後2日間に水痘を発病すると、児は生後5〜10日頃水痘を発病、重症化し、死亡率も高い(約30%)。

合併症として頻度の高いものは、水疱部位の細菌性二次感染症で、ブドウ球菌、A群レンサ球菌によるものが多い。稀に化膿性リンパ節炎、蜂窩織炎、丹毒、ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群、劇症型溶血性レンサ球菌感染症や敗血症などの全身性疾患に進展することもある。中枢神経系の合併症としては、髄膜脳炎や小脳性運動失調症があり、発症頻度は水痘 1,000例中1例以下といわれる。発病には生体の免疫反応が関与し、水痘発病3〜8日後に神経症状が出現する。約80%は回復するが、後遺症を残す例、死亡例も存在する。

3.水痘ワクチン

ワクチンウイルス岡株は、水痘患児(名前を岡という)の水疱液からヒト胎児細胞により分離され2)、34℃でヒト胎児肺細胞11代、モルモット胎児細胞12代継代後、ヒト2倍体細胞のWI-38に3代、MRC-5に2代継代したものをマスターシードとしている。弱毒ウイルス岡株は世界で唯一、ワクチン産生用として評価が定まっており、わが国のみならず欧米でもワクチン産生用に用いられている。弱毒ウイルス岡株感染ヒト2倍体細胞を超音波処理し、その遠心上清をワクチン原液とし、ワクチンには接種0.5mlあたり1,000PFU以上のウイルス粒子が含まれている。わが国では阪大微生物病研究会が製造し、田辺製薬から発売されている。なお、ゼラチンフリーワクチンが1999年5月認可され、ゼラチンおよびゼラチン加水分解物はロットVZ-11から除去されている。

現在、わが国では水痘ワクチンの接種対象として、生後12カ月以上の水痘既往歴のない者を挙げている。1歳未満でも接種可能だが移行抗体の影響を念頭に置く必要がある。接種年齢に上限はなく、高齢者では帯状疱疹の発症予防に同ワクチンの使用が検討されている。当初、本ワクチンは急性白血病や悪性固形腫瘍など、水痘罹患が危険と考えられるハイリスク群患者の発症防止を目的とし開発されたが、現在の接種対象はほとんどが健康小児である。しかしながら任意接種のため、わが国での水痘ワクチン接種率は25〜30%程度と考えられている。さらに、本ワクチンは感染曝露後の緊急接種として、病棟、寮などの閉鎖集団内における流行阻止目的としても応用されている。患者の発生後3日以内に接種する。皮下注射でワクチンウイルスを体内に投与するため免疫の誘導が早く、野生株の増殖を抑えることができるためである。

ワクチン接種後の免疫反応については、水痘皮内反応が接種5〜6日頃から陽転し始め、引き続いて6〜7日頃から特異抗体反応が出現する。阪大微研によるワクチン市販後の 2,000人を超える調査成績では、抗体陽転率は良好で、健康小児で約92%、ハイリスク群患者でも良好な抗体反応が認められている。問題点としては、ワクチン接種後、水痘患者との接触により被接種者の6〜12%に水痘症状を認めることが挙げられる。ワクチン接種後水痘の特徴は、発疹数が少ない、水疱形成にまで至らない、発熱を伴わない、痒みが少ない、経過が短い、などで軽症水痘ということができる。このことは重症水痘がこのワクチンにより完璧に防御されるとも表現できる。長期的な有効性については、現在までに約20年の追跡調査がなされ、感染防御効果、液性免疫、細胞性免疫の持続性などは良好であると報告されている3)。

4.米国における水痘ワクチンの現況とその効果

米国は1995年、岡株水痘ワクチン(Varivax 、メルク社)を1歳以上の水痘未罹患の小児や感受性のある成人に接種するという、universal immunizationの戦略を選んだ。1〜12歳までは1回接種、13歳以上は4〜8週間隔で2回接種を勧告している。American Academy of Pediatrics(AAP)やAdvisory Committee on Immunization Practicesは接種率向上の努力を続けており、19〜35カ月児の接種率が2003年には85%にまでなっている。このような努力の結果、米国における水痘の流行は確実に減少している。CDCによるカリフォルニア、ペンシルベニア、テキサスの3地域のサーベイランスによると、19〜35カ月児の水痘ワクチン接種率は、1997年の23〜40%から2000年には74〜84%まで上昇し、全年齢層における水痘罹患例の減少、特に1〜4歳台が著しく、入院例も著明に減少している(図1)。この3地域で1995年と2000年の水痘患者数を比較すると、2000年には71〜84%の水痘患者数の減少が認められている4)。さらに、このような水痘の発生頻度減少だけでなく、水痘に関係した侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症(図2)、入院や医療費、死亡率も水痘ワクチン導入後に減少しているとの報告がなされた5)。

5.水痘入院症例の把握:水痘ワクチン定期接種化の必要性

前述のように、米国では既に水痘ワクチンのuniversal immunizationがスタートし、接種率の向上に伴い水痘罹患例と入院例の減少が報告されている。一方、わが国ではいまだその接種率は25〜30%程度と低迷しており、毎年冬〜春にかけ水痘の流行が認められている。近年の医療の進歩により、ステロイドを始めとした免疫抑制剤の投与を受けている後天性の免疫不全患者の数は増加の一途をたどっている。このような患者が水痘に罹患すると重症化し、ときに致死的経過をとることは先に述べたとおりである。我々の施設でも昨年潰瘍性大腸炎にてステロイド内服中に水痘に罹患、死亡した症例を経験した。ウイルス学的な迅速診断に基づき素早くアシクロビル投与を開始することで予後が改善しているとはいえ、免疫不全宿主での重症水痘の恐ろしさを痛感した。よって、このような不幸なケースをなくすためには、米国同様わが国でも早急に水痘ワクチンのuniversal immunizationを開始する必要があると考えられる。

そこで、藤田保健衛生大学病院[1994(平成6)年1月〜2003(平成15)年12月まで10年間]、昭和病院[2000(平成12)年1月〜2003(平成15)年12月まで4年間]、刈谷総合病院[1999(平成11)年1月〜2003(平成15)年12月まで5年間]に水痘で入院した症例の把握を目的として、各患者の入院カルテ記載をもとに後方視的に解析した。その結果、合わせて小児92例(男児53例、女児39例、平均入院日数6.9日)、成人64症例(男性32例、女性32例、平均入院日数8.3日)の入院症例があった。各年の入院症例数を図3に示す。小児の入院理由は原疾患(水痘)だけのもの(26例)に加え、水痘に伴う合併症44例(皮膚細菌感染症12例、肺炎あるいは気管支炎15例、中枢神経系合併症12例、脱水2例、その他3例)、他疾患の合併13例、免疫低下宿主1例だった。入院日数は前述のように平均 6.9日(2〜41日)で、中には溶レン菌感染による蜂窩織炎を合併し41日間の入院を要した症例や、小脳失調症を合併し23日間の入院加療を要した症例があった。また、サイクロスポリン内服中の患児は18日間の入院加療を要していた。成人も図4に示すように毎年5例ほどの入院患者が存在していたが、本学付属病院のデータは皮膚科入院症例だけを調査しており、感染症内科にも同様の入院患者がいると考えられ、実際の患者数はさらに多いことが予想される。以上のような成績を見てみると、抗ウイルス剤の使用が可能になった現在でも、いまだ入院を要する症例がかなりあることが明らかとなった。米国の成績から判断すると、水痘ワクチンの定期接種化によりこのような入院症例の減少が期待できると思われる。

6.おわりに

アシクロビルという有効な抗ウイルス剤が日常診療で使用可能になった後も、成人例を含めるとかなりの数の入院患者が存在するようである。このような患者の中には、昨年我々が経験したような医原性の免疫不全宿主での重症感染も相当数あると思われる。水痘ワクチン定期接種化を目指し、全国レベルでの実態把握が必要であろう。また、入院にかかる費用、外来で治療を受ける間の保護者の経済的損失など、医療経済的な側面からのワクチン導入効果も極めて重要と考えられ、その方面からの解析も実施してゆきたい。

 文 献
1) Asano Y., et al., J. Infect. Dis. 152:863-868, 1985
2) Takahashi M., et al., Lancet 2: 1288-1290, 1974
3) Asano Y., et al., Pediatrics 94(4): 524-526, 1994
4) Seward J.F., et al., JAMA 287: 606-611, 2002
5) Patel R.A., et al., J. Pediatr. 144: 68-74, 2004

藤田保健衛生大学医学部小児科 吉川哲史 浅野喜造

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