新人医療従事者における水痘抗体保有率サーベイとワクチン接種対策の評価

(Vol.25 p 328-329)

1.序言

幼少時に見られる麻疹や水痘が、過去10年以上にわたり成人に発生し増加傾向1,2)を示している。ベッド数1,076床、職員数約1,500名の第3次救急医療機関病院である大阪大学附属病院においても2000(平成12)年度に麻疹3名、水痘2名、ムンプス1名の職員発症者が確認された。発症者確認後、二次伝播防止のために迅速に行わなければならない曝露時の感染既往歴調査は1年間でのべ 700人以上の抗体価測定を職員、学生、患者に対して実施した。幸い患者への二次伝播は認められなかったが、医療従事者が水痘や麻疹を発症した際には職員自身が感染源となり、院内に二次感染を引き起こす危険性がある。そこで我々は病院内での流行防止および曝露後調査の負担を軽減することを目的に発症頻度が高いと考えられる新人医療従事者[2001(平成13)年度雇用]を対象として、麻疹、風疹、水痘およびムンプスウイルスに対する抗体検査および抗体が陰性であった職員(希望者)へのワクチン接種を実施しその予防効果について検討した。本稿では主に水痘対策について記載する。

2.材料と方法

1)対象と検体採取:対象は、2001年4月1日に雇用された新人医療従事者271名を対象とした。内訳は医師199名(男性142名、女性57名)および看護師・看護助手72名(男性1名、女性71名)であった。抗体価測定の血液検体は、新人職員の同意を得た後に末梢血液を採取し血清を分離後、測定まで4℃にて冷蔵保存した。

2)検査試薬と抗体価測定法:抗体測定検査試薬は、Enzygnost(r) Anti-VZV Virus/IgG (Dade Behring, Marburg, Germany)を使用した。この試薬は、ウイルス抗原を固相したマイクロプレートとペルオキシダーゼ(POD )標識抗体を用いた2ステップサンドイッチ法を原理とするenzyme immunoassay (EIA)である。判定は、IgG index (G.I.)値が1未満を示すものを陰性、1≦G.I.≦2を判定保留、2<G.I.を陽性とした。

3)ワクチン株:水痘生ワクチンは、財団法人阪大微生物病研究会製を使用した。また、使用したワクチンのロット番号はVZ017であった。ワクチン接種は、抗体陰性の新人に対し同意を得た後に接種し、接種後1カ月後にIgG抗体価を測定し陽性を確認した。

4)水痘発症率:発症率は、2001年度雇用の新人職員と2000年度以前に雇用されている既雇用職員に分け、大阪府下での発症率と比較した。新人職員の予測発症率は、2001年の大阪府下での患者データを元に計算した。

5)労働日数の損失:水痘ウイルス感染症発症者と接触した後の抗体陰性職員は、一定の潜伏期の後に伝播させる危険性があるため、発症予測数日前より6〜8日間業務からはずし休職とした。

6)統計処理:疫学統計処理は、χ2試験と直接確立計算法を用いて有意差検定を行い、0.05以下のP値を有意とし、解析にはスタットビュー(Ver.5.0)を用いた。

3.結果

1)ウイルス抗体陰性率:新人職員271名における水痘抗体陰性者は、男性4.5%、女性4.1%であった。この検討でのウイルス抗体陰性率は、EIA法にてG.I.値が2以下の者を陰性として算出した。

2)ワクチン接種率と接種効果:水痘抗体陰性者のワクチン接種率は、46%(10名)でワクチン接種1カ月後の抗体陽性率は100.0%であった。

3)ワクチン防止効果表1に示すように、既雇用職員における4種ウイルス感染症の総発症率は、2000年における一般人の発症率より高かった。一方、ワクチン対策を講じた新人職員では、4種ウイルスすべてにおいて2001年の大阪府下での発症率より低かった。また、ワクチン接種を実施した新人職員では麻疹発症者が1例だけ見られたが、この1例は曝露前にワクチン接種を忘れていた研修医であった。もし、この研修医が予防のためのワクチン接種を行っていたら、2001年の新人職員における4種のウイルス感染症発症者、発症率は0となるため、2001年の4種のウイルス感染症すべてに対する発症率は2000年に比し有意に低くなり(P <0.05)、さらに2001年の発症予測率も有意に低くなる(P <0.05)と計算された。

4)損失日数:2000年に4種ウイルス感染症のために業務から外された職員は、計6名(新人4、既雇用職員2)で、のべ66日間の損失であった。一方、2001年は、前年と同様に計6名(新人1、既雇用職員5)であったが、既雇用職員での発症が増加し、のべ32日間の損失であった。なお、研究を行った期間に入院治療を必要とする感染症は麻疹のみであった。

4.考 察

易感染性宿主が多い第3次医療指定病院としては、患者へのウイルス感染症の二次伝播のリスクを低減させることは責務である。このためすべての医療従事者で感染既往歴のない者および抗体を保有しない者に対しては麻疹・水痘は2回のワクチン接種、ムンプス・風疹は1回のワクチン接種が強く奨められている3-5)。しかし、現在の日本において医療従事者を対象に実施されているワクチン対策はB型肝炎ウイルスのみで、水痘を含むウイルス対策はほとんど徹底されていないのが現状である。

我々は、2001年以降発症リスクの高い新人職員を対象に継続実施している抗体サーベイとワクチンプログラムは成功したと考えている。それは、2000年の新人職員における4種ウイルス感染症の発症率が大阪府下の一般住民の発症率よりも高かった状態が2001年には一般発症率とほぼ同様に改善されたこと、また、新人職員の発症者が2001年にはワクチン接種を忘れていた研修医一人だけであったことからもわかる。さらに、2002年以降の院内水痘発症者は、2002年:患者2名、2003年:患者3名、既雇用職員1名、2004年11月15日現在:患者5名と、新人職員へのワクチン対策で顕著に職員発症者が減少していることも成功理由として挙げられる。また、職員発症者が減少したもう1つの理由としては、2004年以降医学部学生の臨床実習の前にすべてのワクチン接種を徹底していることも要因と考えられる。水痘の抗体陰性率は、4〜5%と低いものの、その伝播力が強いため慎重な防止対策が必要である。

感染対策の要は、「医療従事者一人一人が院内感染防止の重要性を認識する」ことであるが、当院では過去6年間のウイルス感染対策を通じて職員の認識が著しく向上し、その結果、感染疑いの段階で職員がICTにウイルス感染症の届出・相談をするという認識が職員に根付いたことも伝播防止に大きく貢献している。当院でのウイルス感染防止対応は、第一に疑いの段階で職員の場合は速やかに職務からはずし、患者の場合は個室隔離・二次感染防止対策を開始している。その後、臨床診断、抗体検査のための採血(水痘の場合は、抗体検査に加えてPCR法による皮疹からのVZV DNA検出)および伝播日まで遡った発症者の行動調査を実施し、次に推定されるウイルスの伝播様式(水痘の場合は飛沫核感染)、消毒法、防止対策(水痘の場合は水痘ワクチンの緊急接種、および発症することが予想される数日前から水痘感受性者とは接触しない対応等)などに関する説明文を発症者ならびに所属診療科の医長・看護師長に配布し十分な説明と啓発活動を行っている。この地道な活動の背景には、迅速に検査を行う検査部と臨床経験豊富な小児科医の協力が必須であることは言うまでもない。

最後に、病院内にて新たなウイルス対策を講ずる場合、その予算計上が問題となるが、当院では病院長の理解の下、全額院内感染対策公費で賄っている。医療倫理の立場および職員が原因となる院内感染死亡事故の発生を想定すると、一時のウイルス対策費は安価なものではないだろうか。

 文 献
1) Terada K., et al., Kansenshogaku Zasshi 75: 480-484, 2001
2) Takayama N., et al., Kansenshogaku Zasshi 71: 1113-1119, 1997
3) CDC, MMWR Recommendations and Reports 45(RR-11): 1-25, 1996
4) CDC, MMWR Recommendations and Reports 47(RR-8): 1-57, 1998
5) CDC, MMWR Recommendations and Reports 46(RR-18): 1-42, 1997

大阪大学医学部附属病院感染制御部
浅利誠志 朝野和典 橋本章司 鍋谷佳子 下嶋真紀子 牧本清子 白倉良太
大阪大学医学部附属病院病院長 荻原俊男

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