2004年6月12日、広島市内の医療機関から市保健所に、市内在住の70代女性から赤痢菌(Shigella flexneri 2a)が検出された旨の届出があった。患者は6月4日〜9日まで市内の旅行会社が企画した中国ツアーに参加し、8日から発熱、下痢等の症状を呈していた。このため、同ツアー参加者の健康調査を行ったところ、近隣県を含め8名から赤痢菌(S. flexneri 2a)が検出されたので概要を報告する。
同ツアーは広島空港発着の中国シルクロードツアーとして、ウルムチ、トルファン、敦煌、西安を巡る5泊6日の旅行で、市内外から43名の参加があった。このうち市内の参加者21名について、健康調査を実施した。他の参加者については近隣の広島、島根、岡山県に調査を依頼したところ、症状を有した者は合計20名にも上った(表1)。
当所で市内の参加者14名(このうち有症者8名)を検査したところ、有症者3名からS. flexneri 2aを検出した。その他の人は症状を有していたにもかかわらず赤痢菌は検出されなかった。これは有症者の検体採取が発症後数日以上を経過していたことも要因と思われた。また、市保健所では患者の家族に対して消毒等の指導をするとともに、2名の家族検便を実施したが赤痢菌は検出されず、二次感染は認められなかった。
分離された4株の赤痢菌は、血清群別試験により、いずれもII:3,4 (S. flexneri 2a)であった。生化学的性状は定型的な赤痢菌の性状を示すとともに、PCR法でいずれもinvE 遺伝子の保有を確認した。薬剤感受性試験はセンシディスク(BBL)を用い、ストレプトマイシン、カナマイシン、テトラサイクリン、アンピシリン、ナリジクス酸、クロラムフェニコールの6薬剤について実施したが、4株ともすべての薬剤に感受性を示した。
広島県や島根県からも4名の患者からS. flexneri 2aを検出した旨の報告を受け、海外旅行による赤痢集団感染症と判明した。
このツアーは2班構成であったが、宿泊、食事、行程等はすべて同じであった。特に患者の8名はいずれも年配夫婦での参加者で、このうち6名が女性であった。夫婦での食事や行動については、ほぼ同様であり共通感染が考えられたが、喫食調査等からはホテルや飲食店での食事など感染源は特定されなかった。
今回の場合、症状が比較的軽かったため医療機関を受診しない患者もみられたが、実際には患者数はもっと多かったことが推測される。
感染症法が施行され、海外旅行者の検便が自己申告制となり、帰国時に下痢症状を報告せずに入国し、後日病原菌が検出されるというケースが増えている。ツアーを企画する旅行会社に、旅行中における飲食物を起因とする感染症に対する知識や、病原菌の国内への持ち込み防止についての注意喚起が重要と思われる。
広島市で発生する海外旅行を原因とする感染症のほとんどは、関西空港や福岡空港発着のツアー利用者が多いが、今回のように地方空港を発着としたチャーター便を利用した海外ツアーにより赤痢等の集団感染症が判明した場合、同行者は近隣の県を含むことが多いと考えられる。このため、健康調査等を広域的かつ迅速に進める必要があり、関係部局の協力体制の整備強化をいっそう進めることが望まれる。また、患者から分離された菌株の疫学的情報は行政上重要であり、医療機関で分離された菌株の確保を含め、主管課や地研の役割分担を明確にした上での情報交換方法の確立が必要と思われる。
本件に関しまして、健康調査等にご協力いただきました広島、島根、岡山県の関係各位に深謝いたします。
広島市衛生研究所生物科学部
萱島隆之 石村勝之 吉野谷進 谷口正昭 国井悦子 古田喜美
下村 佳 河本秀一 松本 勝 荻野武雄