ロタウイルス感染症とノロウイルス感染症との比較検討−奈良県感染症サ−ベイランス一定点より

(Vol.26 p 11-13)

はじめに:小児のウイルス性胃腸炎には病因ウイルスにより罹患年齢、季節性、臨床所見に特徴がみられる。本稿では自験例(入院治療例)の成績をもとに、ロタウイルス感染症とノロウイルス感染症の特徴について比較検討し、若干の考察を加えた。

対象:最近5年間(1998年7月〜2003年6月)に脱水徴候のため当科に入院したA群ロタウイルス感染症141例とノロウイルス感染症23例である。A群ロタウイルス感染症の診断はラテックス凝集法または免疫クロマトグラフィー法によった。ノロウイルスの検出はRT-PCRにより、プライマ−には1st PCRでNV36/35、2nd PCRでNV82、NV81およびSMを用いた。

成績

1)罹患年齢:ロタウイルス感染症では6カ月〜7歳8カ月にかけて分布し、1歳児が最も多く、年齢が上がるにつれ漸減した。ほとんどが就学前(6歳以下)の乳幼児で2歳未満児(ただし、6カ月以上)が約半数(73例、52%)を占めた(図1)。ノロウイルス感染症の罹患年齢は4カ月〜9歳3カ月まで分布し、乳幼児から学童にかけてみられた。2歳未満児の占める割合は30%(7例)であった(図1)。両群を比較すると、ロタウイルス感染症141例の罹患年齢(2.4±1.6歳)はノロウイルス感染症23例(3.6±2.5歳)に比べて有意に(p<0.05)低かった(図2)。

2)季節性(月別発生):ロタウイルス感染症は1月〜6月にかけてみられた。ピ−クは3月〜4月であり、この時季が全体の約3分の2(93例、66%)を占めた(図3)。一方、ノロウイルスは10月〜5月にかけて検出された。ピ−クは11月〜12月であり、流行期は初冬であった。11月と12月で約6割(14例、61%)を占めた(図3)。

3)臨床症状:ロタウイルス感染症では嘔吐(95%)、下痢(93%)および発熱(82%)が3主徴であった。特に、嘔吐は5〜6回/日を超える例が多く、脱水とともにケト−シスが高頻度にみられた。下痢は水様性から泥状で、約半数に白色から黄白色便がみられた。発熱は半日〜1日が多く、2日を超える例はなかった。1例で無熱性痙攣がみられた。

ノロウイルス感染症では嘔吐がほぼ全例(22例、96%)にみられ、主要症状であった。嘔吐の回数は2〜3回から5〜6回/日のものが多かったが、痙攣のみられた例(1例)では8回/日におよび、また、他に10回/日を超える例も2例みられた。次いで頻度の高い症状は下痢で16例、70%にみられた。一部に黄白色便もみられた。一方、発熱の頻度は低く、4例(17%)のみであった。また、1例で、嘔吐、下痢とともに無熱性痙攣がみられ、消化不良性中毒症と診断された。

4)臨床検査所見:入院時の血液生化学所見について比較検討した。同一の測定系で測定されたロタウイルス感染症 123例の入院時血清AST はノロウイルス感染症23例に比べて有意に(p <0.0001)高い傾向にあった()。また、入院時血清ALTもロタウイルス感染症でやや高値を示した()。一方、脱水の程度の指標となる入院時血清BUN、UA値には両群間に有意な差はなく、血清電解質(Na、K、Cl)、血糖、CK値にも差を認めなかった。また、ノロウイルス感染症では9例のみの測定であったが、血清総ケトン体値にも両群間に差を認めなかった()。

5)治療と経過:全例に輸液と乳酸菌製剤の投与が行われた。ロタウイルスの1例とノロウイルスの1例に無熱性痙攣がみられたが、その後の経過は良好であった。全例で症状の改善がみられ、入院期間はロタウイルスで4〜11日(平均 6.5日)、ノロウイルスで5〜8日(平均 6.0日)で軽快退院した。

まとめと考察

罹患年齢:ロタウイルス感染症は乳幼児(特に1歳児)に多く、年齢が上がるにつれ漸減する。一方、ノロウイルス感染症は乳幼児から学童にかけてみられる。両群間の年齢には統計学的にも有意差があり、ロタウイルス感染症で低い。この罹患年齢の違いには免疫学的な背景が考えられる。ロタウイルスは3〜4歳までにほとんどの児が感染を受ける。そして生涯を通してロタウイルス感染は繰り返し起こりうるが、一般に、年長児や成人は不顕性感染の形をとる。一方、ノロウイルスに対する抗体獲得は米国の成績では思春期後半から青壮年期とされており、ロタウイルスのそれ(6カ月〜2歳頃)より遅れる。さらに、ノロウイルスに関しては抗体を保有していると考えられる成人が何度も感染し発症することが指摘されている。以上のような免疫学的要因を反映してノロウイルス感染症の罹患年齢がロタウイルスに比べて高くなるものと考えられる。また、ノロウイルスは年長児から成人の急性胃腸炎の流行の主因とされており、通院治療例(脱水に至らない軽症例)を対象に含めればノロウイルスの検出される年齢層はさらに高くなるものと推察される。

季節性:ノロウイルス感染症は11月〜12月にかけての初冬に多い。そして、ノロウイルスといれかわるようにロタウイルスが2月〜4月にかけて流行する。従来、12月〜1月に流行し、冬季下痢症と呼ばれてきたロタウイルス感染症であるが、最近の流行期が2月〜4月であることは諸家の報告と一致する。したがって、ウイルス性胃腸炎として2峰性のピ−ク(前半がノロウイルス、後半がロタウイルス)を示すことになる。

臨床症状:ロタウイルス感染症では嘔吐(95%)、下痢(93%)、発熱(82%)が3主徴である。特に、乳幼児では3主徴がそろいやすく、脱水とともにケト−シスが高頻度にみられる。ノロウイルス感染症では嘔吐(96%)と下痢(70%)が主症状で発熱の頻度は高くない(17%)。このようにロタウイルス感染症に比べて発熱の頻度が少ないことが小児のノロウイルス感染症の臨床的特徴の1つである。痙攣(無熱性)は頻度が少ないがいずれにもみられる。

臨床的重症度の比較:

文献的考察から:ロタウイルス感染症とノロウイルス感染症の臨床的重症度を比較した記述をみると、中田はA群ロタウイルスによるものは発熱、嘔吐、下痢の3主徴がそろうことが多く、中等度〜高度の脱水をきたす重症例が多いのに対して、ノロウイルス感染症の臨床的重症度は集団としてみた場合、中等症が多くなると述べている。一方、勝島らはSRSVによる急性胃腸炎40例について下痢の持続、総回数など臨床症状を解析し、決して軽症ではなく臨床症状はロタウイルスのそれと同等であると述べている。また、Sakai らはノロウイルス、サッポロウイルス(サポウイルス)、A群ロタウイルスによる急性胃腸炎の臨床的重症度をスコア化(0〜20)して比較し、それぞれ、7.9、5.2、8.4であったと報告している。

血液生化学検査所見から:ロタウイルス感染症とノロウイルス感染症の臨床的重症度を比較する手段の1つとして、われわれは入院時の血液生化学所見に着目し、対比検討した。小児のウイルス胃腸炎の重症例に最もよくみられる血液生化学所見の特徴はアシドーシスを伴う等張性脱水である。そこで、血清総ケトン体、BUN、UAおよびNaなどについて比較したが有意な差を認めなかった。一方、入院時血清ASTはノロウイルス感染症に比べてロタウイルス感染症で明らかに高い傾向にあった。この両群の急性期血清AST値の間にみられた差はロタウイルス感染症の罹患年齢がノロウイルス感染症に比べて低いことによるものか、他に、ロタウイルスに特徴的な病的意義があるのかさらなる検討を要する。

 文 献
1)松永健司, 小児感染免疫 16: 281-285,2004
2)松永健司,小児感染免疫 16: 21-24,2004
3)足立 修,他,奈良県衛生研究所年報 35: 89-92, 2001
4)中田修二,小児科診療 64: 1066-1071, 2001
5)勝島矩子,他,日小医会報 18: 107-110, 1999
6)Sakai H, et al., Pediatr Infect Dis J 20: 849-853, 2001

済生会御所病院小児科 松永健司 赤澤英樹
奈良県保健環境研究センター
北堀吉映 足立 修 芳賀敏実 今井俊介

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