2004年8月、神奈川県西部の保育園において腸管出血性大腸菌O157:H7(Stx2)(以下O157と略す)による集団感染と思われる事例が発生した。本事例における初発患者は1歳児園児で、届出の受理後直ちに実施した疫学調査では患者の感染源の推定に至る根拠は見出せず、また患者が通園する保育園の他の園児に下痢等の有症者も認められなかった。しかし接触者検便の結果、患者と同じ保育園に通園する従兄弟2名(1歳児、4歳児)およびその母親からO157が検出(いずれも無症状保菌者)され、さらに初発患者の届出から4日後、下痢、血便等の症状を呈した同じ保育園の別の1歳児園児からも当該菌が検出され、2人目の患者であることが確認された。これらのことから本事例は、同一保育園における何らかの感染源に起因した集団感染であることが強く疑われた。
当該保育園は園児203名(1歳児12名、2歳児20名、3歳児34名、4歳児68名、5歳児52名の各クラス、および一時預かり17名)、職員34名で、保育はクラス単位で行われていたが遊具等は共同使用されており、また、園内の調理場で調理された給食が提供されていた。一方、園内にあるプール施設は2〜5歳児クラスが使用し、1歳児クラスは別に設置した簡易プールを使用していた。
感染源を究明するために給食として提供された検食の検査および職員の検便、ならびに同園における感染の拡大を懸念し、園児全員について検便を実施した。検査材料、検体数および検査結果は表に示したとおりである(園児および職員の2回目の検便は1回目のおよそ10日後に実施)。検食10検体および職員34名はすべてO157陰性であったが、新たに園児9名、およびこれら園児の家族3名からO157が検出され、本事例におけるO157陽性者は園児203名中13名(6.4%)、O157陽性園児の家族39名中4家族の4名(10%)の計17名となった。新たにO157が検出された園児およびその家族に本菌感染症が疑われた有症者は認められず、本事例は患者2名(いずれも1歳児園児)に対し無症状保菌者15名というように、保菌者の比率(88%)の高いことが特徴であった。園児におけるO157陽性者のクラス別比率は1歳児、2歳児および4歳児クラス各々67%(8/12)、10%(2/20)および4.4%(3/68)で、1歳児クラスの陽性率が顕著に高率であった。この理由として、確証は得られていないが1歳児クラス園児だけの水浴に用いられたプール水が感染源のひとつに考えられた。一方、2歳児および4歳児クラスのO157陽性者は、園内または家族内感染の両方が疑われたものの、感染源および感染要因の推定は困難であった。
今回、O157の分離培養検査は直接および増菌培養法を併用して行い、増菌培地にはノボビオシン加mEC培地、分離培地にはCT-SMAC寒天培地およびクロモアガーO157培地を使用した。その結果、O157検出例はすべて直接および増菌培養法で検出され、増菌培養法でのみ検出された例はなかった。また分離培地としてはCT-SMAC寒天培地の検出頻度が優れていた。検出されたO157分離株はいずれもStx2遺伝子、EHEC hlyA 遺伝子およびeaeA 遺伝子を保持していたが、極めて運動性の弱いことが特徴的であった。これらの分離株のうち患者由来株2株および保菌者由来株8株について制限酵素にXba I用いてパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を実施した結果、すべての株は同一のPFGEパターンを示した(図)。
以上のことから、当該保育園におけるO157感染症の発生は、感染源および感染要因は明確でないが、何らかの同一起源に由来したO157による集団感染であることが示唆された。
神奈川県衛生研究所小田原分室
湯川利恵 山本陽子 石野珠紀 沖津忠行
神奈川県小田原保健福祉事務所
中瀬耕作 磯崎夫美子 谷 康雄
神奈川県衛生研究所微生物部 鈴木理恵子