わが国の健康者における髄膜炎菌の保菌状況

(Vol.26 p 38-40)

わが国における髄膜炎菌性髄膜炎は1960年代から急速に激減し、最近では比較的まれな疾病となっている。そのため、わが国の集団における髄膜炎菌の保菌調査も数少なく、健康保菌者に関する情報は極めて乏しい状況になっている。しかし、本疾病は世界的に年間患者50万人と死者5万人の発生があり、公衆衛生上、重要とされている。特に、アフリカ中央部の髄膜炎ベルトと呼ばれる地域では罹患率が高い国が多く、また、先進国においても局地的な小流行や、流行国からの輸入例が見られている。このような海外の状況から推察し、本疾病が日本国内でも再興する可能性を否定することはできない。今回、わが国における髄膜炎菌の健康保菌者の実態を把握し、潜在的な流行の危険性を探ることを目的に全国規模で健康者の保菌状況を調査した。

調査方法:本調査には全国10県(山形県、福島県、神奈川県、石川県、岡山県、香川県、愛媛県、大分県、長崎県、沖縄県)の地方衛生研究所が参加し、2000年9月〜2003年3月までの期間に調査対象者から髄膜炎菌の分離を試みた。調査対象は小児(予防接種のため医療機関を訪れた小児)、幼稚園児、高校生、学生(専門学校、短期大学、大学に在学する学生)、社会人(保健所、研究所、公的機関等に勤務する勤労者)、高齢者(老人会や高齢者施設に所属している高齢者)、外国人(日本在住の外国人)の健康者 5,886名とした。これらの調査対象者は学生が多数を占め、年齢層の中心は10代後半〜20代であった(10歳未満201名、10代2,428名、20代2,094名、30代341名、40代248名、50代238名、60歳以上273名、不明63名)。男女比は約1:2(男性2,096名、女性3,790名)であった。

調査に先立ち、検体の採取方法と髄膜炎菌の分離・同定法のマニュアル化を図り、できるだけ統一した方法で行った。また、検体の採取に当たっては、調査対象者に対しインフォームドコンセントを行い、左右の口蓋扁桃表面を、それぞれ1本ずつの滅菌綿棒でぬぐい取り、検体とした。

採取した検体はできるだけ早く(おおむね2時間以内)MTM培地に画線塗抹し、37℃で48時間、加湿した容器内でローソク培養を行った。培養後、髄膜炎菌の疑われるコロニーを釣菌し、グラム染色と濾紙法によるチトクロームオキシダーゼ試験を実施した。釣菌したコロニーがオキシダーゼ試験陽性でグラム陰性の双球菌であった場合には純培養し、CTA培地を用いた糖分解試験でブドウ糖、麦芽糖、白糖、果糖、乳糖の分解能とゴノチェクIIチューブ(E・Yラボラトリーズ)によるγ-グルタミールアミノぺプチダーゼ活性を調べた。以上の生化学的性状検査の結果から分離された菌株を同定したが、必要に応じて同定検査キットも使用し、同定の一助とした。髄膜炎菌と同定された菌株は市販群別血清(Difco )A、B、C、D、X、Y、Z、29E 、W-135 を用いてスライド凝集法により血清群別試験を行った。

結果と考察:各県での分離状況をに示した。髄膜炎菌は福島県、神奈川県、愛媛県、沖縄県で合計25名から分離され、平均分離率は0.4%であった。年度別の分離状況は、2000年度1,713名中4名、2001年度2,642名中13名、2002年度1,531名中8名と、0.2%〜0.5%の割合で毎年分離された。

対象者別の分離状況では21名の学生(分離率0.5%)と3名の社会人(分離率0.3%)から分離されたが、外国人1名(分離率 2.6%)からも分離された。

髄膜炎菌が分離された人々の年齢は50歳の1名を除いてすべて10代後半〜20代であった。また、男性17名(分離率0.8%)に対し女性8名(分離率0.2%)で、男性から多く分離された。

欧米における調査では健康者の保菌率は5〜20%とされ、特に軍隊や学校などの密閉的集団では20〜40%と高い。髄膜炎菌感染症では健康者の保菌率と発病率とは関連性があるとされているため、非流行時の健康者の全国的な保菌状況を知ることは、わが国における髄膜炎菌の流行の可能性を探る上で重要と考え、本調査を実施した。その結果、平均保菌率は0.4%であった。この値は欧米に比べ非常に低い値であった。保菌率の低い原因については明らかではないが、わが国の髄膜炎菌感染症患者の発生数が少ない状況を反映していると思われる。

血清群別試験ではB群9株とY群4株に群別されたが、約半数にあたる12株は群別できなかった。わが国ではいまのところ髄膜炎のワクチンは導入されていないが、国内で分離された菌株の血清群などの解析と、海外での発生状況を知ることは、感染経路やワクチン導入に関しての貴重なデータとなるため、髄膜炎菌感染症の予防対策上極めて重要である。今後、患者発生の解析とともに、健康者の定期的な保菌調査を行い、わが国での流行の可能性を予測する必要があると考える。

本調査は平成12〜14年度厚生科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)「髄膜炎菌性髄膜炎の発生動向調査及び検出方法の研究」(主任研究者:山井志朗および益川邦彦・神奈川県衛生研究所)の分担研究(分担研究者:井上博雄・愛媛県立衛生環境研究所)として実施した。なお、調査の概要は第78回日本感染症学会総会(2004年4月東京都)において発表し、詳細は感染症学雑誌に投稿中である。

愛媛県立衛生環境研究所 田中 博 井上博雄
神奈川県衛生研究所
黒木俊郎 渡辺祐子 浅井良夫 山井志朗 益川邦彦
山形県衛生研究所 大谷勝実
福島県衛生研究所 須釜久美子
石川県保健環境センター 芹川俊彦
岡山県環境保健センター 中嶋 洋
香川県環境保健研究センター 砂原千寿子
大分県衛生環境研究センター 帆足喜久雄
長崎県衛生公害研究所 山口仁孝
沖縄県衛生環境研究所 久高 潤
国立感染症研究所 高橋英之 渡辺治雄

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