百日咳集団発生事例

(Vol.26 p 64-66)

1.最近の百日咳について

欧米諸国など予防接種率の高い地域においても患者の多発が報告されることがあり、百日咳は近年注目される再興感染症のひとつである。成人や年長児では非定型的や軽い症状のことが多く、百日咳と診断されず見逃される患者が存在し、彼らが感染源となることがある。罹患した際に重症化する頻度が高いのは、低月齢乳児や新生児である。私たちが経験した2つの事例を報告する。

2.集団発生1

2000年4月のほぼ同一時期に、三重病院で5例の百日咳患者を診療した。発症日齢は、生後7日〜17日の新生児で、全員が同一の産科医院で出生した児であった(図1)。症例1は生後2週目頃より軽度の咳に気付かれ、近医で数日間治療されていたが、突然無呼吸発作を来たし当院へ搬送された。入院後も無呼吸は頻発し、気管内挿管、14日間の人工呼吸管理が必要であった。他の4例は、咳、呼吸困難、哺乳不良が主な症状で、1例を除いて入院治療が必要であった。幸い、5例とも後遺症無く回復した。2例(症例1, 2)の鼻咽頭培養から百日咳菌が分離され、PFGEおよびRFLP法による解析の結果、遺伝子的に同一株と考えられた。この結果より、無症状あるいは非定型的な症状しか呈さない成人など同一感染源からの感染を疑ったが、特定には至らなかった。分離菌の抗菌薬感受性を検討した結果、PIPC(0.004〜0.015)、CPZ(0.015〜0.06)、CAM(0.015〜0.03)、AZM(0.03)、EM(0.06)、LVFX(0.03〜0.06)、MINO(0.03〜0.06)などのMICが良好であった。血清抗体価については、細菌凝集素価は3例(症例1, 2, 5)で上昇していたが、山口株陽性は1例のみ(症例5)であった。PT抗体価の上昇が3例(症例3, 4, 5)、FHA抗体価の上昇が3例(症例1, 3, 5)で認められたが、陽性化の時期は発症2週目以降であった。

3.集団発生2

2004年4月末、1カ月女児が咳と無呼吸発作を主訴に入院し、鼻咽頭培養より百日咳菌が分離された。血清抗体価は、細菌凝集反応東浜株320倍、山口株80倍、PT抗体53EU/ml、FHA抗体20EU/mlと上昇した。咳込みと無呼吸発作は長引き、入院期間は数週間に及んだ。本児は、両親と子5人の7人家族の末っ子であった。家族歴聴取により、3人の兄姉と母が約1カ月に及んで咳が続いていたことがわかった。同意を得て、家族の細菌および血清学的検討を行った。母の鼻咽頭からは百日咳菌が分離されたが、他の子どもたちは培養陰性であった。血清抗体価は、4月末の時点で細菌凝集反応640倍〜10,240倍、PT抗体570〜1,300EU/ml、FHA 抗体340〜1,000 EU/mlと、咳を認めなかった第2子も含めて全員が非常に高値であった。8月にペア血清として2回目の採血を行ったところ、細菌凝集反応<20倍〜2,560倍、PT抗体130〜460EU/ml、FHA抗体360〜830EU/mlであり、4月末と比較して抗体価は低下傾向であった(図2)。本結果より、3〜4月の時点で百日咳菌の家族内伝播があったと考えた。母の予防接種歴は不明であったが、4人の子どもたちについては、11歳、9歳、5歳児は4回、2歳児は3回のDPT接種を済ませていた。典型的な百日咳の症状を呈さなかったのは年齢と予防接種の効果によると考えられた。予防接種率が良好な集団においても、濃厚接触者においては菌の伝播が起こることを、本事例により再認識した。重症化し入院した1カ月児は、いまだ予防接種該当年齢に達してはいなかったわけであり、本児の罹患を未然に防ぐ方法としては、咳が遷延した家族に対する早期診断と本児に対する抗菌薬の予防内服が考えられた。しかしその実行は、なかなか容易ではなかったであろう。咳が持続する年長児や成人の患者に対して、百日咳を念頭において外来で細菌培養検査が行われる場合は少ない。また、百日咳分離培養用のBordet-Gengou培地やCyclodextrin Solid培地は、どの医療機関でも常備されているとは限らない。抗体価上昇による診断は、ワンポイントの採血では確定できない場合も多い。加えて、米国小児科学会は百日咳患者との濃厚接触者に対してはエリスロマイシンの予防内服を勧告しているが、わが国には化学予防の指針は存在せず保険適応もない。

4.結語

典型的な症状を呈する例は別として、百日咳の診断は決して容易ではない。臨床医は迅速かつ的確な診断を行い、適切な診療ができるよう心がけたい。また、百日咳患者に関する診療レベルを向上させるためには、実験室診断に裏付けられた臨床研究が不可欠と考える。

今回の集団発生2事例については、多くの先生方に細菌学的、血清学的検討にご協力いただいたことにより、確定診断と疫学的検討が可能となった。この場をお借りして、下記の先生方に深謝申し上げます(敬称略)。岩出義人、山内昭則、杉山 明(三重県科学技術振興センター保健環境研究部)、大塚正之(江東微生物中央研究所つくば細菌検査室)、秋山正尊(阪大微生物病研究会サーベイランスセンター)、蒲地一成、岩城正昭、近田俊文、荒川宜親(国立感染症研究所細菌第二部)

 文 献
1) American Academy of Pediatrics, Pertussis, In; Red Book 26th ed. 472-486, 2003
2)加藤達夫,他,百日咳, 日常診療に役立つ小児感染症マニュアル 2003-2004(小児感染症学会編), 39-45, 東京医学社, 2003
3)中野貴司, 他,同一時期に発症した新生児百日咳5例に関する検討(第75回日本感染症学会総会学術講演抄録),感染症学雑誌 75: 156, 2001

国立病院機構三重病院・小児科 中野貴司 庵原俊昭 神谷 齊

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