米国の百日咳の状況

(Vol.26 p 69-70)

近年、欧米諸国において百日咳の再興が報告されている。米国では近年の百日咳の再興を受けて詳細な疫学的調査が行われ、その結果、百日咳の制御方法の改善が必要と考えられている。本項では米国における百日咳の傾向とそれに対する対策を紹介する。

疫 学

米国における百日咳のサーベイランスは主としてNational Nortifiable Diseases Surveillance SystemとSupplementary Pertussis Surveillance System (SPSS)によって行われている。SPSSは百日咳患者の出生日、発症日、ワクチン接種状況、検査データ、症状、合併症などを収集し、旧来のサーベイランスを補完することによって百日咳の動向把握を可能にしている1)。米国の年間報告患者数は1930年代以前は16万人以上、死者5千人以上で小児の主要死因の一つであった。しかし1940年代に導入された百日咳ワクチンによって報告例は激減し、1976年に最低数1,010人を記録した。しかしその後、ワクチン導入前と同様の3〜4年周期の流行を維持したまま徐々に増え続け、2002年には1964年以来最高の9,771人(3.4/100,000)を記録した()2)。近年の百日咳死者数は1996年には4人で、その後徐々に増加し、2000年には17人で、それらすべてが4月齢以下である2-3)。1996〜2004年のデータによると、年齢別患者比率はワクチン接種が完了しない6月齢以下が35%、ワクチンが機能する0.5〜6歳が4.2%、7歳以上が61%となっている4)。この結果はワクチンが有効であることを示す一方、接種後4〜8年しか百日咳ワクチンの効果が持続せず、青年期以降で百日咳を発症しうることを裏付けている。

米国の百日咳ワクチン

米国では日本と同様、無細胞百日咳ワクチンが混合ワクチンとして使用されている。ワクチン接種は2、4、6および15〜18月齢に行われ、その後、学校入学前の追加接種(school-entry dose)が行われる5)。接種の負担を減らすため、米国では3種混合ワクチンにHibワクチンを混合した4種混合、またはB型肝炎および不活化ポリオワクチンを混合した5種混合も使用されている6)。百日咳ワクチンの接種率は94%以上を維持している7)。

成人の百日咳

成人も百日咳菌に感染し、リザーバーとして機能することは広く認知されている。米国では0.1〜0.2%の成人が百日咳を発症し、そのうち12〜30%が典型的症状を呈する8)。百日咳の流行を制御するためにはワクチンの効力が減弱している青年期以降の免疫が必要である。米国では将来に向けて10年周期のワクチン接種を検討している8)。7歳以上への適用を認められた百日咳ワクチンは現在存在しないが、昨年、成分を減量した青年期以降の接種に耐える3種混合ワクチンの認可申請が提出された4)。

百日咳の検出に関する問題

CDCは報告された百日咳患者数および死者数は実在の数に比べて過少であると推察している1, 3-4) 。生後4〜6カ月未満で百日咳菌に感染すると重篤な状態を引き起こすが、それは典型的な咳発作を呈さず、しばしば全身性疾患と診断されてしまう3)。一方、青年期および成人における百日咳は珍しいものではないが、百日咳の可能性が疑われるにもかかわらず適切な検査診断がされる頻度は高くないと考えられる9)。百日咳はワクチンを接種された者でもまれに感染、発症しうることが多く報告されている。しかし多くの場合その百日咳は軽症であることが多いため、適切な診断がなされない。皮肉なことにワクチンによって典型的な百日咳は大きく減じたが、上記のように症状から診断しがたい感染症として存在し続けている。一方で感度の高い検出法が存在しないという問題がある10) 。百日咳菌の検出は培養の難しさから成功率が低い。PCRは培養に代わる検出法として有望だが、抗菌薬使用などによりその検出率はやはり激減する。蛍光抗体による染色法は他菌種との交差反応が問題である。多くの血清学的診断法はワクチン接種による免疫と感染による免疫を区別できない。これらの問題を解決することは百日咳のより正確な診断、検出のために必須である。

百日咳菌流行株の変化

CDCの調査によると、百日咳ワクチン導入後、米国の流行株分布に変化が見られる。prn およびptxS1 遺伝子の変異を指標とした解析では、ワクチン導入前はprn1 , ptxS1B 型、ワクチン導入後はprn2 , ptxS1A 型が主たる流行株であった。米国の全菌体ワクチンおよび一部の無細胞ワクチンは東浜株(prn1 , ptxS1B )から調製されており、これが流行株の分布変化に影響した可能性がある11) 。一方、PFGEパターンを指標とした解析でも同様にワクチン導入による流行株の変化が観測されている11-12)。これらは流行株の変化の監視が重要であることを示唆している。

考 察

 米国や日本などの先進国では、百日咳は多くの場合生命に危険を及ぼす疾患ではない。しかしワクチンによる免疫が成立していない新生児および乳児では百日咳はその典型的な症状を示さず重篤な経過をたどる。重症百日咳には効果的な治療方法がなく、百日咳菌排出者との接触を防ぐことが唯一の防御手段となるが、百日咳菌は防御免疫の減弱した成人に感染し存在する。米国では百日咳の再興を受け、詳細な調査システムを構築し百日咳の活性を監視し続けている。米国の推奨接種は日本にはない学齢期前の追加接種を含んでいる。しかし同国の疫学調査はそれでも百日咳の制御は十分でないことを示唆し、米国は成人へのワクチン接種を含むさらなる対策を考慮している。幸運にも日本では近年の百日咳の再興を示すデータは報告されていない。しかし欧米諸国に見られるこの動向を注視し、同時に自国の百日咳の活性を詳細に監視することは日本の今後の百日咳制御に重要であると考えられる。

文 献
1) Tanaka M et al., JAMA 290:2968-2975, 2003
2) MMWR Summary of Notifiable Diseases - United States, 2002. Published in 2004 for CDC, MMWR 51(53)
3) CDC, MMWR 51(28): 616-618, 2002
4) CDC, MMWR 54(03): 67-71, 2005
5) CDC, MMWR 53(01): Q1-Q4, 2004
6) National Immunization Program, http://www.cdc.gov/nip/publications/pertussis/guide.html
7) CDC, MMWR 53(29): 658-661, 2004
8) Orenstein WA, Clin Infect Dis 28(Suppl2):S147-150, 1999
9) CDC, MMWR 53(06): 131-132, 2004
10) Watanabe M, Nagai M, Expert Rev Vaccines 2005 (In press)
11) Cassiday P, et al., J Infect Dis 182: 1402-1408, 2000
12)Hardwick TH, et al., EID 8: 44-49, 2002

シンシナティ大学医学部 渡辺峰雄

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