腸チフス・パラチフスの治療について、2000〜2003−感染性腸炎研究会の調査から

(Vol.26 p 91-92)

腸チフスとパラチフスはチフス性疾患と総称され、発熱と腸管病変を特徴とする全身感染症である。わが国の法律上の原因菌は、それぞれチフス菌Salmonella TyphiとパラチフスA菌S . Paratyphi Aである。1999年4月から施行された感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)では腸チフス、パラチフスは2類感染症に指定され、有症状者は第2種感染症指定医療機関への勧告入院の対象となり、症状が消失するまで勧告入院は解除されない。入院期間は14日前後で、解熱後1週間程度観察して退院することが多い。また、治癒判定には法の基準があり、発症後1カ月以上経過し、抗菌薬終了後48時間以降24時間以上の間隔で連続3回の菌陰性を確認した上で、はじめて病原菌を保有しないと認められる。

治療面では、従来感受性菌である限りクロラムフェニコール(CP)が第一選択薬とされてきたが、重篤な副作用、再発・再排菌を防止できない、耐性菌があるなどの理由で、現在ではニューキノロン系抗菌薬(NQ)が第1選択薬になった。耐性菌は抗菌薬治療を行う限り避けられない問題であるが、近年インド亜大陸を中心にCP、アンピシリン(ABPC)、ST合剤(ST)耐性菌、さらに現在の第1選択薬であるNQに対する低感受性あるいは耐性菌も出現している1,2)。わが国ではNQ耐性株は検出されていないが、ナリジクス酸(NA)耐性を示す低感受性菌が急増している3,4)。治療に直結するだけに深刻な問題である。

そこで、政令指定都市の感染症指定医療機関への入院例を対象として、調査票によりNQ低感受性菌が治療に及ぼす影響を調査した。患者は腸チフス93例、パラチフス58例、平均年齢はそれぞれ30歳(8〜96歳)、29歳(1〜62歳)、推定感染国/地域は両疾患ともインドが最も多く、それぞれ36例、22例であり、NQ低感受性菌が集中していた。これらのうち、国立感染症研究所でMIC 測定が行われ、抗菌薬開始直前に菌が検出された例、菌検出は抗菌薬開始前2〜4日であっても入院時発熱が続いていた例を効果判定対象とした。抗菌薬開始直前に菌は検出されたが、発熱がない例では細菌学的効果のみを判定した。

効果判定対象となった症例由来株の試験管内抗菌力(MIC)を表1に示した。NA耐性でシプロフロキサシン(CPFX)に対するMICが0.25μg/ml以上のものをNQ低感受性と判定している。チフス菌73株中31株(42%)、パラチフスA菌43株中26株(60%)がNQ低感受性であった。NA耐性のチフス菌では一部にMICの低いものがみられたが、90%MICは0.5であった。パラチフスA菌では90%MICは1.0であった。セフトリアキソン(CTRX)のMICには差はみられなかった。

臨床的治療効果は抗菌薬開始から解熱までの日数で判定した(表2)。通常でも解熱までに数日かかるが、NA耐性菌感染例では、7日以上を要した例が腸チフスで34%(感受性菌感染例12%)、パラチフスで37%(同18%)にみられ、それぞれ平均 9.3日(7〜18日)、平均10.1日(7〜14日)であった。これらはNA感受性菌感染例に比べて明らかに高率で有熱期間が長かった。使用されたNQはレボフロキサシン(LVFX)、トスフロキサシン(TFLX)、スパルフロキサシン(SPFX)、CPFX、ノルフォロキサシン(NFLX)、ロメフロキサシン(LFLX)であった。

細菌学的効果は上記基準に基づく除菌により判定した(表3)。NA耐性菌感染例の再発/再排菌は腸チフスで6.3%(感受性菌感染例4.5%)、パラチフスで10%(同0%)にみられ、感受性菌感染例と比べて腸チフスでやや高く、パラチフスで高かった。

これらの結果から、NQ低感受性菌感染では有熱期間の延長、その結果治療期間の延長を招いていること、再発・再排菌はあるものの、最終的には何とか除菌されていることが分かる。今後とも検出菌の動向を監視してゆく必要がある。

下記16機関の協力を得た。札幌市立札幌病院、仙台市立病院、千葉市立青葉病院、東京都立駒込病院、同荏原病院、同墨東病院、同豊島病院、川崎市立川崎病院、横浜市立市民病院、名古屋市立東市民病院、京都市立病院、大阪市立総合医療センター・感染症センター、神戸市立中央市民病院、広島市立舟入病院、北九州市立医療センター、福岡市立こども病院・感染症センター。

 文 献
1)Hampton MD et al., Emerg Infect Dis 4: 317-320, 1998
2)Threlfall EJ et al., Emerg Infect Dis 7: 448-450, 2001
3)IASR 22(3): 55-56, 2001
4)Hirose K et al., Antimicrob Agents Chemother 45: 956-958, 2001

横浜市立市民病院感染症部 相楽裕子
国立感染症研究所 廣瀬健二 渡辺治雄

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